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【時事評論2023】

科学論と科学技術論

2023-06-03
  科学論科学技術論をこのような小欄で書き尽くすことはできないため、本項ではその本質について概論することにする。既に「科学論」についてはメモ書き№596に8173文字の論文を書いており、「技術論」については№366に18688文字の論文を書いている。つまり論考は十分に行っていると自負している。本項では全く新たに、本質論のみを書いてみたい(21.8.5「発見の科学と検証の科学」・21.10.17「科学の基礎とその応用」)

  人間が道具を使い始めたのはアウストラロピテクスという初期人類であるとする研究論文がある。およそ300万年前のことである。以来、人間は道具を考案するときに、自然界の法則を意識するようになった。その経験と知識は伝承と記録によって後世に伝わり、やっと近代になって「科学」という論理的なものにまとまった。科学的手法として「演繹法」と「帰納法」という2つの手段があり、演繹法では諸現象から法則を導き出し、帰納法ではその法則から未経験の事象に対して推論を可能にした(21.11.11「科学の論法」)現代科学は数学的手法やAIなどにより、人間の経験や想像の及ばないところまで、推論拡張が行われるようになった(21.5.16「科学における上向思考と下向思考」・21.5.17「科学者の予測と素人の予測」・21.11.1「科学を庶民の手に取り戻そう」)

  科学論と一言に云っても、その中には科学哲学・科学史・科学社会学も含まれるため、導き出した仮説は多種雑多に及ぶ。要は人間という思考の限界があるため、導き出される結論は決して1つにはならない。まして科学論は仮定条件が付されているために、仮定が異なれば科学的結論も異なってくる。そのため科学的論考が全て正しいということにはならない(22.6.17「正しい科学主義」)。そこをはき違えると議論は無意味なものとなる(21.2.16「非科学的思考の実例」)。だが歴史的に、科学に基づいた論考・推論は多くの有益な成果を生み出してきた。科学技術はまさにその1例であり、それは試行錯誤の繰り返しではあるが、現代の人間はその成果を目の前に見ている(21.10.24「科学と学問のポピュリズム」)

  だが科学論の多くは価値論を含めないため、人間がなぜ科学によって幸せになれないのか、という問題提起には関心を持たない。ひたすら、より大きく、より高く、より深くという拡大を目指してきた。建築技術・造船技術・医療技術といった科学技術がもたらした成果は人間に偉大なものと感じられているが、それらが果たして人間を本当に豊かにしたのか、本当に幸せにしたのか、という問いは、現代になってやっと論考されるようになってきた。結局それは科学論が偏っていたことを証明しており、本来は科学の目的はこうあるべきだという議論が先になされるべきであったろう(21.11.26「経験科学の勧め」・22.9.19「推論科学の提唱」・22.11.10「科学的議論を阻害している現代イデオロギー」)。科学技術が核戦争の可能性をもたらし、地球温暖化という自然の改変をもたらした。どちらも人間を滅ぼす可能性を持つことから、人間は科学技術を誤って導いてきたことが明らかになってきた。本来ならば科学哲学が科学技術を導くべきであったが、人間は科学技術の成果に酔いしれたために、科学哲学を後回しにしてきたのである。

  科学技術について追加して述べておこう(22.12.9「科学技術の両面(デュアルユース)」)。科学がもたらした技術は素晴らしいものであった。それは当初、建設・土木に生かされた。幾何学・力学などの数学を駆使した技術がそうした成果をもたらした。ピラミッドが建設されたのは数千年前であり、現代では1000mを超すタワーが建設中である。特に革命的進化を遂げたのは生命科学であり、遺伝子解析技術の急進歩とiPS細胞の発明・DNA編集技術の発明などがそれを後押しした。いまや人間は神の領域に入ろうとしており、人間クローンもまもなく実用化されると予想されている。そして科学技術に制約を加える倫理がほとんど不在のまま、際限のない技術進歩が人間そのものの存在を脅かしている。上記した核兵器開発がその端的な例であり、結果としてもたらされた地球温暖化と動物の窒息死問題も同じ問題の延長線上にある(20.11.23「地球温暖化と動物窒息死の問題」・22.6.30「人類史から観た第三次世界大戦の必然性」)

  単に科学論が進歩しただけなら問題は起きなかったのかもしれない。人間が科学を技術に応用し、あらゆる科学技術を開発してきたことが問題なのかもしれない。そしてその技術を制御し、制約する倫理を我々人間は後回しにしてきた結果、未だにそれを獲得していない。また人間社会が不完全なために、制御できないどころか、国家が挙げて競争に走っているために、ますます科学技術の差は大きく広がるばかりである(20.9.6「地球における人間の活動と競争」・21.1.7「制御思想」・23.2.28「知の制御」)。さらに科学技術の発展は、人口増大をもたらしたことにも注目しなければならない(22.7.12「世界は人口爆発を脅威と捉えていない」)

  こうしたことから結論として、未来世界では学問が統合され、その価値をAIが判断する時代が来るとノムは考えている。学問分野別にその価値が評価されている現代の在り方から、統合された視点からそれぞれの研究が個別に全体の中でどういう価値を持つかが、AIによって判断されるだろう。そしてより、人間と自然環境にとって有益な論文の価値が点数で表示され、その中からどの研究を実用化すべきかどうかの判断もAIがすることになるだろう。利害関係を有している人間はその評価者としては不適格と云えるからである。その意味で基礎研究と実用研究が共に非常に高く評価されることになる(20.12.25「科学の統合・実用化への転換」)。 

(22.8.20起案・23.5.28起筆・6.3終筆・掲載)


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