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【時の言葉】外出を控え、資源消費を減らそう(2022.6.20))

【科学評論】

科学進歩の急進化への批判

2023-03-01
  2月14日のニュースに即効性ある男性用避妊薬が登場か?・マウスで効果確認」というものがあった。英科学誌「ネイチャー・コミュニケーションズ」に男性用避妊薬として有望な新薬が開発されたとする論文が掲載されたのである。論文の共著者である米ワイル・コーネル医科大学のヨッヘン・バックは、精子の「スイッチをオンにする」働きを持つ酵素の可溶性アデニル酸シクラーゼに着目したと説明。この酵素が阻害されると、精子の動きが悪くなるという。この酵素を阻害する化合物をマウスに投与したところ、精子が30分から1時間で一時的に不活発化した。避妊効果は投与から2時間までは100%で、3時間後には91%に低下した。24時間後に生殖能力は正常に戻ったとしている。バックによれば、研究チームは、単回投与で1時間以内に作用し、6~12時間効果が持続する非ホルモン性ピルの開発を目指しているようだ。

  男性用の避妊薬については現在、ジェル状のホルモン剤などのヒト臨床試験が進められているが、いずれも、効果を発揮したあと再び精子が正常化するまでにそれぞれ数週間から数か月を要する。また、これまでの研究では、可溶性アデニル酸シクラーゼが慢性的に阻害され、生殖能力のない男性は、腎臓結石の罹患率が高いとされてきた。しかし今回の研究ではマウスに副作用は見られなかったと云う。この避妊薬ではそうした問題は起きないないはずだとバックは述べた。3年以内にヒト臨床試験を開始したいとして、製品化までに8年はかかるとの見通しを示した。

  ノムは科学的な思考を最も重要視するが、個々の科学的発見や発明が、無批判に急進歩を遂げている現状には大いなる懸念を抱いている。そしてメディアがこれらに対して全く批判なり懸念を示していないということに憤りさえ感じている。政治的な記事の場合、その多くが先の見通しについて触れることが多く、「・・が予想される/・・の見通しである」というメディアの見解が示されるが、科学的な記事にはそれがほとんどない。メディアが新発見・新発明に対して見解を示せないということは、メディアに科学への明確な視点がないことを示している。科学は人類に生物界での優越性を与え、生活向上をあたえてきたが、その科学が人類を滅ぼす可能性のある核兵器を生み出したことについて、人類史的視点を持っていないのである。その故に、科学のもたらす恩恵にのみ目を向けて、科学のもたらす負の側面には目を向けようとしていない。これは昔から言われている「人は見たいものしか見ず、聞きたいことにしか耳を傾けない」という格言通りのことをしていることを意味する。それではメディアとしての役割や責任を果たしていないのではないだろうか(22.7.19「メディアの役割と責任」)

  ノムは、科学の成果が無批判に公表され、科学者や組織(研究者の所属組織や投資をしている会社)も自己利益や栄誉のために成果を競い合っている現状をみるにつけ、核兵器以外の人類に対する脅威が科学から生まれることを懸念している。たとえば冒頭で取り上げた研究成果について言えば、そのような避妊薬が市販されるようになれば、よからぬ性欲に餓えた男性はこれを悪用し、たとえば強姦の前に服用するというようなことも予想される。単に夫婦の間の避妊という問題に限られず、むしろ悪用の方が多くなる可能性が出てくるであろう。それは社会における性の公序良俗を破壊し、フリーセックスへの道を開く可能性すら考えられる。なぜメディアがそうした懸念を抱かなかったのか、疑問が募るのである。

  結局そうしたメディアの姿勢は、目を引く記事を書いて売り上げを伸ばす、というメディア自体の利益追及の結果出てきているのであろう(21.5.18「メディアは利益優先に毒されている」)。社会がこうしたメディアの利益追求姿勢を是正する機能を持たない限り、また研究に対する規制というものが無いかぎり、科学はその競争性から急進化の道を辿るしかない(21.6.8「新・進化論」・22.8.10「競争原理」)。その結果どういう事態が引き起こされるかについては、ノムにも明確な予想があるわけではないが、不吉な予感というものがあることは確かである。

  【時事評論】でも触れたように、文明の恩恵を拒否しているアーミッシュという宗教(キリスト教)的集団は、文明圏の人々よりも長寿を達成しつつあるようである(【時事評論】2.14「アーミッシュの生活に見る未来の理想郷」)。しかも病気治療でその長寿を達成しているのではなく、生活を原始的にすることで自身を進化させて、病気への耐性を強めているようである。このアーミッシュの世界では高度な治療も最新の新薬もないようであり、ひたすら天に召されるまで自然と共存することで自然がもたらす寿命を全うしているようである。そうした事例もあることから、ノムは文明のもたらす恩恵の一部を否定している(21.6.5「医原病」)。たとえば、誰でもPCを持てるような世の中は決して良い世の中ではないと考えている(【時事評論】22.12.27「未来世界の情報統制システム」・同2.28「知の制御」)。電気の利用を否定はしないが、それは自然エネルギーで得られる範囲に限定すべきであり、現代のような化石燃料を利用する石油文明に由来する電気文明は拒否する。アーミッシュよりは科学技術に対して寛容ではあるが、アーミッシュの精神とは相通じるものがあると云えよう。

  科学は進歩を前提にしているものであり、進歩自体が悪いというものではない。だがそれが、人間が消化する暇もないほど急速に進歩した場合、必ず人間側に歪が生じてくることは明らかであり、科学が悪用されることの方が先になるであろう(【時事評論】21.10.28「繁栄と進歩からの脱却」)。原子爆弾の開発はその端的な一例であるが、ダイナマイトの発明もそうであった。多くの技術はまず武器に応用されてきたのは、人類史を見るまでもないほど明瞭なことである(【時事評論】22.2.25「人類史」・同22.6.30「人類史から観た第三次世界大戦の必然性」)。そのため技術はまず制御できる範囲で進展させなければならないのである(【時事評論】21.1.7「制御思想」)現代の自由経済主義の下ではその制御機能を社会は持っていない。すなわち科学進歩をゆっくり推し進めて、自然界への影響を見定めた上で限定的に技術を利用していくためには、社会自体がそのような制御機能を持たなくてはならないそれを実現できる社会は未来の真社会主義しかないとノムは確信している(【時事評論】20.12.23「真社会主義」)


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