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【時の言葉】外出を控え、資源消費を減らそう(2022.6.20))

【時事評論2023】

未来世界の利便性

2023-05-25
  前項ではチャットGPTの利便性に触れた。現代はありとあらゆる面で半世紀前の頃より生活上・知的な好奇心を満たす手段において利便性が飛躍的に向上した。ノムが幼少の頃に身の回りに電話・洗濯機・冷蔵庫・テレビが次々に登場し、「三種の神器」という言葉が当てはめられた。そのうち自分が大人になった頃には自動車も当たり前の時代に入っていった。そして現代の若者にはスマートフォンが必需品となっている。こうした利便性を高めた機器が将来にはもっと拡大するようになるであろうが、一方、自動車のようにエネルギーを消費するものは、エネルギー源が化石燃料から電気や水素に転換していくことは確実視されている。そうした延長線上に未来があるのか、それともかなり利便性の質が変化するのか、その辺のことを考えてみた。

  現代はエネルギー源の主流が相変わらず石炭や石油という化石燃料であり、一部に自然エネルギー(再生可能エネルギー)と呼ばれる太陽光に由来するエネルギー源が使われている。未来世界ではほとんどのエネルギーが自然由来のものに切り替わると仮定すれば、現在使われている化石燃料を使用した機器や装置は完全に無くなるのであろうか。たとえば重機と呼ばれる大型ダンプやジェット機も電気や水素で動くようになるのであろうか? ノムにはそこまでは想像できないので、一部には化石燃料を使わざるを得ないと思われる。その使用には国家の許可が必要となるだろう。そして連邦がその使用量を制限することになる(21.3.28「世界連邦の可能性」)。すなわち「資源配給制」となる。その一方、主として自然エネルギー、および原発や核融合発電(「融発」とでも呼ぼうか?)を用いて作られた電気を利用した各種装置は現在より多くなるだろう。だが利便性は機器によって得られるだけではない。ちょっとした工夫で、現在よりはるかに利便性を増すことができる

  たとえば、偉大な発明であるチャック付きポリ袋は切り口が揃っているために開けにくい。最初に袋を切る際に、ハサミを使わずに引き切るときに段違いに切れるようにしておけば、開ける時に開けやすい。アルミ缶の蓋をつまみで引き切るときに、もっと薄くしてあれば簡単に力を必要とせずに老人でも開けられるであろう。ペットボトルの蓋を開けるときに、プラスチックが切れて一部が本体に残るが、これは再生の時に邪魔になるはずである。これを簡単に取れるようにしておけば、再生処理に回すときにペットボトル本体だけにすることができるだろう。ペットボトルの周りにコマーシャル帯が付いているが、これを取るのは結構厄介なことである。時にはハサミを必要とする。もっとはっきり、切るためのベロが出ていれば、誰でも簡単に帯を取り除くことができる。業界は商品の安全性を優先して利便性を損ねていることが多いことを自覚しなければならない。飽くまでも消費者の利便性を優先しなければならない。

  省エネ・省マテ(=省マテリアル:資源節約)に於いても、たとえば家庭用水道栓に省水クリックを付けて置き、最初のクリックで最小水量がでるようにし、次のクリックまで回すと普通の水量が出るように、そして最大水量にするにはかなり強く回さないと出ないようにしておけば、相当な水道水の節約が可能となる。ノムは別項でも述べたように、最低水量1.153L/minの流量で2分間で顔を洗っているが、これは約2Lで顔は洗えることを示している。通常流量だと3~5Lであり、およそ50%の水の節約ができる。シャワーも使用時間を短縮すれば節約が可能であり、ドイツでは首相が5分で済ませるように奨励したが、ノムは3分で済ませられることを確認した。もし水量を大小の切替ができるようなっていれば、同様の節約が可能であろう。我が家のシャワーを最大流量で使うとおよそ7秒で1Lを使用する。5分では50Lの湯を消費している。最小流量に調節すると14秒で1L、5分では21Lとなり、およそ半分の湯量で済む。また湯の温度を下げることでエネルギーの節約ができる。つまり器具の改良で節約が可能になる。これは利便性を損ねるというよりも、節約のための利便性を高めていることになる。

  未来世界の利便性について言えば、商品のラベルの統一化・形状の規格化(ペットボトルの蓋のネジ規格は既に統一されているようであり、これは非常に利便性を高めている)・容器の再利用化と再資源化・家具の大きさの規格化などは、資源の節約と再利用に大いに役立つはずであり、政府が指導することが望ましい。さらに細かいことで云えば、パソコンを開いたときにカメラが自動で働き、本人かどうか認証するシステムを取り入れれば、ユーザーの時間と手間の節約になる。最近掃除ロボットも使われるようになったが、日本の家屋は雑多なものが多く、あまり実用的ではない(我が家にもあるが、ほとんど使っていない)。まだ余り賢くないので、完全自動にはなっていない。未来では画像認識装置とAIが導入され、人間が何も操作しなくても定期的に掃除してくれるようになるだろう。そして各種ロボットが家庭でも活躍することになるだろう。その中にはセックスロボットも含まれる可能性が大きい。

  現代は生活の様々な面で利便性は高まったが、性生活の面では昔よりはるかに不自由になった。女性の権利の主張が強くなったため、単なる冗談でもセクハラで訴えられ、ちょっと触っただけでも事件扱いされるようになったからである。未来は本能の解放と制御を同時に進行させるようになるだろう。生存競争から出てくる競争本能を満たすために、良い競争が奨励される(たとえば能力コンテストなど)。興奮と冷静のバランスをとるため、興奮の機会を得られるように社会的な配慮がされるだろう(21.1.7「制御思想」・4.30「人には興奮が必要」)。スポーツ・音楽イベントは現在も行われているが、ビジネスではない個人参加型のスポーツ・音楽イベントが無償提供される(公園での各種競技や音楽祭など)。生殖本能を満たすために、公的性欲処理施設が設置されるだろう(22.8.3「未来世界の性欲処理施設」)。これは全ての人に定期的興奮を与えることができるため、生理的欲求を満足させるだけでなく、精神衛生上でも効果がある。暴力的イベント(格闘技など)も未来世界では決して禁止されず、逆にある程度の推奨が為されるかもしれない(古代ローマの「パンとサーカス」に学ぶ)。それらは人間のストレス解消に役立つからである(20.11.30「ストレス論」・20.12.6「ストレス論の医学的側面」)。古代からの習慣である喫煙も、何らかの形で容認されるようになる(21.7.18「喫煙の効用」)

  以上の議論をまとめると、未来世界では無放縦な自由や利便性の追求は無くなるだろうということである。その一方で、現代がイデオロギーやタブーで押し殺している人間の本能の解放の機会を与えるだろう。それは制御された形ではあるが、現代が押し殺している性・暴力を適切な形で発散させ、人間としてのストレスや社会としてのストレスをできるだけ解消させる方向に持っていく。それによって人間はより自由になり、より理性的になり、より制御的になるだろう。そして未来世界は現代より優れた技術を使って、あらゆる面で人間を労働から解放し、その時間をより有意義な知的・創造的活動に使うことができるようにするだろう。だがそれもまた、余計で無駄なエネルギーや物資の消耗を無くすように制御された形で実現される。未来は「自由と制御」のバランスが取れた社会になっていくだろうと思われる。  

(5.22起案・5.23起筆・5.25終筆・アップ)


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