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【時の言葉】外出を控え、資源消費を減らそう(2022.6.20))

【時事評論2022】

兆候を見逃すな!

2022-12-31
  物事には予兆がある。それを見逃さないことが、人が生きる上で重要となる。たとえば「戦争の予兆があれば、誰でも戦争に備えた生き方を選択するであろう」というのは浅はかな考えである。人は戦争の予兆かどうかを見分ける力を持ち合わせていないのが普通だからである。日本ではそうした意味で、戦争の予兆を感じている人はいない。だがノムは、人間界の必然性から、2020年の大災厄を35年前に感じた(21.12.13「ノムの予言の意味」)。その当時には予兆は無かったが、人口が増大しているという現実があったし、科学的に考えればその先の人口も予測できた。35年前のノムは、2020年にはおよそ80億の人口になっているだろうと予測し、それは地球上での人間の生息可能人数の8割であろうと考えた。そしてその人口になれば、ストレスから戦争かどうかは分からないが「大災厄」が訪れるだろうと予感した(20.11.30「ストレス論」)。それは「兆候」を見逃さなかったということになる。

  つまり予兆は無かったが兆候はあったと言えるだろう。予兆を見逃さないことが重要であるが、兆候を見逃さないことはもっと重要である。その兆候は数値という科学的なもので知ることができる。中国のコロナ禍が再び悪夢をもたらすかもしれないと世界が戦々恐々の状況に陥っている。だがそれは中国がこれまで、統計を誤魔化してきた結果に過ぎないとノムは考える。ウイルスは予防策を徹底しようがゼロにできないことは自明の理であり、中国は表面上ウイルス禍を克服したかのように振る舞ってきた。だが水面下でウイルスは蔓延していたのではないかと考える。そうでなければ現在の中国の状況は説明できない(【時事通信】《感染症》12.27 「中国国内のコロナ感染者が2億5000万人に上るとの政府内部資料?」・12.28「中国が再度コロナ禍を世界に蔓延」)。つまり中国は感染者の数や死者の数を偽って報じてきたというだけの話であり、中国統計が全く信用できないということは以前から分かっていたことであった。これは中国の習いであり、そこから我々は中国の状況の兆候を見出さなければならない(21.1.18「状況理論」)

  ノムの35年前の予言は「コロナ禍によるパンデミック」という形で当たったと思っている。だが本当の災厄はこれからだろう、とも思っている。それはコロナ禍によって世界人口は決して減ることが無かったからである。人間界のストレスの原因である人口爆発が止まらないかぎり、ウイルス禍だけではなく、戦争という最大の災厄も必ず人類を襲うだろうと考える。それは日本をも巻き込んだ形の、第三次世界大戦、言葉を換えて言えば、世界核戦争」が始まる予兆(兆候)が現に顕われてきている。北朝鮮は今にもミサイルを韓国や日本に撃ち込むかのように発射実験を重ねており、米国に届く弾道ミサイル(ICBM)も完成したとうそぶいている。中国が悪名高いロシアと組んで、アメリカなどの西欧列強と対峙しようとしており、核の先制使用を既に規定しているようだ。国内紛争や内戦だけでなく、世界を覆う大国の力の衝突が目の前に迫っており、それを止める機能を人間界は持っていない

  1962年のキューバ危機は幸いなことに、ソ連のフルシチョフの決断によってキューバからソ連製ミサイルが撤去されたことで回避された。当時は核戦争は既に「相互確証破壊」をもたらすと認識されていたためであり、また冷戦はあったが、核戦争で決着を付ける状況ではなかった。つまりソ連が譲歩する余地はあったのである。ギリギリまで緊張は高まったが、する必要のない戦争であったからこそ、回避は可能であった。だが現在の状況はキューバ危機の状況とは全く異なる。ある意味では世界は頂上決戦の時を迎えていると言えるだろう。プーチンはロシアが戦争に負けそうになったとき、あるいは自分の身が危うくなった時、世界を核戦争で巻き添えにすることをためらわない(10.28「プーチンの汚い戦争「超限戦」」)。あるいはそれ以前に、周囲からの圧力で限定核を使う可能性が指摘されている。世界の抱えるストレスを解消するには、核戦争しか他に手段が無くなったという言い方もできるだろう。

  こうした人類世界の抱えた問題を、核戦争への兆候だと観るノムは、これは避けられない人類の運命だと考えている(20.11.7「運命論」)。これを避けるには、人類が国家の利益を超えた「人類運命共同体」という意識を持つ(中国の唱えているものは欺瞞:6.1「中国の運命共同体となるな!)ことで、国家の主権を放棄して世界連邦を形成し、武器を連邦のみが保持するというように変えるしかないが、それが不可能なことは誰の目にも明らかであり、ノムも同様に考える(20.12.26「主権論」)。つまりノムは世界連邦が現代という状況の中で実現できると考えるほど愚かではない。だからこそ、戦争は避けられないと思っており、現にロシアが不条理な侵略戦争をウクライナに仕掛けたという事実を理解できるのである(3.21「プーチン戦争に学ぶ教訓」)この戦争は、善悪を超えた、人類の運命の一過程に過ぎない

  プーチン戦争は長引くだろう、という予測が多くの専門家から出されている。だがそれは大きな誤った認識であり、ノムの予想では極めて近いうちにプーチンは限定核を使用して事態の打開を図るだろう。そしてそれは数ヵ月を経ずして全面的な核戦争にエスカレートすることが予想される(21.7.1「カタストロフィの事例と前兆」・11.13「エスカレーション原理」)。専門家は現在の状況しか見ておらず、その現象をもたらしている根本原因である人間界の抱えるストレスを見逃している。そのために大局的・俯瞰的・普遍的な観方ができずにいるのである。専門家の多くが予測という点で近年多くの過ちを犯してきた(3.15「識者・専門家の予想はなぜ外れるのか?」)。彼らはそれを反省せず、自分の誤った見解の弁明に明け暮れている。だがプーチン戦争に関しては、予測を誤ったことを謝っただけでは済まないことになるだろう。

  こうした人類の破滅への兆候は人口爆発で明らかであり、さらにそれに追い打ちを掛けるように地球温暖化が進行し、人類にさらなるストレスをもたらしている(20.11.23「地球温暖化と動物窒息死の問題」)。だがその兆候を理解しない世界は、W杯にうつつを抜かし、一向に資源・エネルギーの節約に向かわなかった。案の定、国連の試算では、現在の国連の取り組みは失敗するという推定を下した。当然の結果であり、世界が無駄な化石燃料の浪費を放置している限り、CO2は増加し続ける。これは人口がコロナ禍でも減らなかったことと同じ、人類破滅の兆候である。その予兆はいたるところに噴出しているが、メディアも科学界も世界の政界も、そうした現実を見たくないというばかりに目を背けている。あるいは議論を個別化して総体的に見ようとはしていない。そうした欺瞞性に気がついたのはグレタ・トゥーンベリだけではなかったようである(20.11.24「三島由紀夫とグレタ・トゥーンベリの違い(3097文字)」)。若者の一部には、ノムと同じ意識ではないかもしれないが、少なくとも人間界の欺瞞性に気がついた。

  2022年も年の瀬を迎えた。だがキリスト教を信じるロシアとウクライナの間でクリスマスでのウクライナでの戦禍が止まなかったように、平和が来る日は無いであろう。ノムは2023年に核戦争が起こると本気で考えている。その意味で、今年が日本にとって最後の平和な年であったことを回想することになるだろう。だがそれでもノムは、「明日死すとも、木を植える」という気概を持って、このブログを可能な限り継続させたいと考えている。すなわち、未来世界に希望を託しながらも、現実は受け入れるしかないという余りに悲惨な状況を、今ひしひしと感じている次第である。


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