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【時の言葉】外出を控え、資源消費を減らそう(2022.6.20))

【時事評論2022】

貿易論

2022-06-03
  前項に於いて、未来世界では貿易を無くすと書いた(6.2「世界的エネルギーショックにどう対応するか?」)。これについては他項でも説明はしてあるが、これに特化した項は設けていなかったことに気付いた。説明が十分でない、あるいは伝わっていない恐れがあると考え、改めて項を作ることにした。貿易、ないしは交易というものは古代から行われてきたが、貿易と言った場合には、国家同士の間で行われる交易のことを指すと考えたい。そして古代人が交易を行うようになってから、利益を巡って争いが生じたと考えるのはある程度根拠があることであろう。事実、平和な国家であった日本が西欧からむりやり交易を迫られたことで平和が打ち破られ、内戦(戊辰戦争)が起こって日本に革命が起きた。そして新生日本は「脱亜入欧」を目指したと言われ、その結果諸外国と戦争に及んだ。最大の戦争は大東亜戦争(太平洋戦争)であり、これも米国から石油などの禁輸措置を取られたからであったと言っても過言ではないであろう。このように交易や貿易は争いを生み出す最大の原因とも言える。これを論じることは、人間の生き方や世界の在り方を考える上で非常に重要なことであると思われる。

  縄文時代の日本に住んでいた縄文人と呼ばれる一団は、主として採集により食を得ていたと思われる。時には狩りをして獲物を食することもあっただろう。旧石器時代から新石器時代までの縄文時代に見られる鏃(やじり)やナイフなどは、主として狩りや調理のために用いられたと思われ、争いのための道具ではなかったようである。遺跡からは争いの痕跡となるものが見つかっていないというのがその傍証となっている。だからと言って集落の間に交流が無かったわけではなく、日本のかなり広範囲にわたって交流があったことが知られている。それは勾玉の材料や、建築様式・墳墓様式などから窺がえることであるらしい。だが大陸や朝鮮半島からの難民の流入や技術の流入によって農耕が始まり、穀物などの貯蔵が大規模に行われるようになってから争いが生じたようで、集落自体が大規模化するとともに、環濠集落という形に発展していった(21.11.5「縄文人の文化と現代への継承」)

  恐らくこの頃(弥生時代)から交易というものが集落同士の間で行われるようになり、族長はその采配権を握るようになって階級というものが生じた。また集落の力が交易の利益に繋がったために、豪族のような力の強いものが地域の覇権を握るようになった。こうして自己組織化原理から、集落は豪族に、さらに発展して国(クニ)を作るようになった(21.6.9「自己組織化と自己崩壊化」)。ヤマト王権というものが生まれたのはそうした流れの中で、豪族が和議によってまとまったからだと言われる(国譲り神話)。やがてそれは大陸や朝鮮半島との関係から「倭国」→「大和」→「日本」と呼び名は変わったが、国家の形態を持つようになった(22.1.4「邪馬台国考 」・22.5.14「日本の歴史に学ぶ未来社会のあり方」)。交易は増々盛んになり、他国に比べると比較的安定した政権を維持した日本ではあるが、戦国時代と呼ばれる頃には強い国が弱い国を滅ぼしたり、和合したりしてより大きな規模に発展し、ついに徳川政権が最終的に日本国を一つにまとめた

  問題は、各国がそれぞれ多様な歴史を辿りながらも似たような経過を経て国家を形成していったのだが、その後に世界が統一されるという歴史的必然をまだ人類は経験していないことにある。そのため各国同士の利益相反があると戦争が常に起こることになった。現在起きているプーチン戦争は、プーチンという現代に於いても稀な野心家による他国侵略戦争であるが、主として領土的野心があるとされるが、経済的野心もあるに違いない。この戦争を他国が看過しなかったのは、これまでの戦争と異なって、世界最大の核兵器保有国が核を持たない小国を核の脅しによって侵略しようとしているからであり、これを看過すれば他国にもその危害が及ぶと考えたからに他ならない。そしてプーチンは核という武器だけでなく、食糧をも武器とした。ウクライナからの小麦などの輸出を止めたことで、世界は飢餓の恐れさえ考えられる事態になり、食品は世界的に高騰し始めている。今度はこの食糧不足により、新たな戦争の気配すら感じられるようになった。

  もし世界が食糧を他国に依存しない状態であったなら、恐らくこうした懸念は生まれなかったであろう。ノムが貿易を基本的に禁止した方が世界は安定化すると考えるのは、こうした現実を予想したからである。未来世界は基本的に貿易を禁止し、資源の一部である鉱物資源・肥料資源・森林資源のみ連邦が管轄し、他の資源である食糧は各国で自給自足しなければならないと考える。いきなりそうした政策を取ることはできないが、未来世界が誕生するのは少なくとも数十年から数百年先であることから、現在から準備をしていけば、3世代以上を経て実現可能であろう。事実戦前までは、世界では食糧を大々的に輸出入するという事は無かったと思われる(推測)。だが戦後のアメリカ主導のグローバリゼーションが貿易を活発化させ、世界がある意味での資源分与主義を取るようになった。つまり資源を他国に依存するようになった。特に食糧でもそれは顕著であり、日本は2021年の生産額ベースの食糧自給率は67%と称しているが、カロリーベースでは37%となっている。飼料自給率も25%であり、肥料自給率に至っては10%以下でリン・カリではほとんど0に近いという。つまり日本の農業は外国の肥料に完全依存しているようである。江戸時代はそうした状況ではなく、人糞尿を用いていたため自給自足が成り立っていた。現在でもその気になれば堆肥を自作し、人糞尿を使えば自給自足は可能だろうが、贅沢な食事はできないことだろう。

  ノムの貿易廃止という考え方は、地球環境の持続性を考慮したものであり、自給自足できないところに人は住むべきではないし、進出すべきではないと考えるからである。たとえば月に基地を作って人間がそこに住むことは、現代の莫大な資金と莫大なエネルギーの消費を前提にすれば可能であろうが、地球からせっせと食料やエネルギーを補充することが必要になるだろう。それがまともな居住という概念から外れることは誰にでも理解できる。現代技術が近世以降に普及するまでは、人間は食料が自給できる場所にしか住んでいなかったし、月に移住するなど想像の世界のことであった。そうした昔の状況に戻すことが、地球環境保全のためには絶対的に必要なのである。

  木材資源はやはりある程度の偏在性があり、現に大量の木材の輸出入が行われている。日本は植生が豊であり、山々は森林で覆い尽くされ、山林が国土の7割を占めると言われる。それでも、莫大な1億2000万人の人口に見合う家々を作るために、木材は輸入超過になっており、主要輸入国はEU・カナダ・ロシアなどが挙げられる。もしロシアとの輸入が途絶えると、17%を自国で調達しなければならなくなる。結論的に言えば、日本は国土の持つ資源量から考えて人口過剰状態にあり、もっと人口を減らす必要があるのである。特にエネルギー関連では97%の化石燃料を輸入しているという現状では、もっとつつましやかな国家にに縮退させなければならない。日本の発展・繁栄はいわば地球を犠牲にして成り立っていると言えよう。

  以上の議論は地球環境保全を巡る議論のほんの一部にしか過ぎない。だが人類の繁栄を化石燃料が支えているという現実を考えると、単に石炭消費を無くすといった偏った政策だけでは温暖化を防ぐことは不可能だということが分かる。根本的に人口を縮退させ、各国が資源の範囲で未来人口を推定し、その目標に近づくように政策を転向しなければならない。そのために、成長神話を放棄し、ゼロサム政策さえ否定し、成長ではなく縮退を理念に据えなければ、人類の努力は全て徒労に終わるであろう。これを実現に持っていくためには各国の経済競争(成長至上主義)を止める必要があり、そのための最有力な方法が貿易廃止なのである。だが現実にそうした理念を持つことは現状では不可能であり、人類は自ら選んだ運命に従って滅びの道を辿るしかないであろう。


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