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【時事評論2021】

性の多様性(21.4.25追記)

2021-03-21
  人の性は生殖だけに限らず、むしろコミュニケーションに重点があると考えられる。それは人の一生の中で、性行為のほとんどが生殖を避けて営まれているという現実があるからである。また人の性行為の態様には動物にはない多様性がある。それは性的嗜好の問題として捉えられるであろう。また性の生物学的区別にも多様性があることが近年明らかになってきた。これまで半陰陽として異常視されてきたものも、性スペクトラムという考え方で理解されるようになり、これも多様性の一つと考えられる(20.10.29「性的マイノリティの問題」参照)。このように人の性は本来の生殖という目的から外れた多様性を持つようになり、それがどういうことを意味するのかが問われるようになってきた。本項ではそれら多様性の事例を集め、それをどう解釈したらよいのかを試みてみたい。そして最後の方で自分なりの仮説を述べてみたい。

1.未成年少年を会社役員の女が誘惑:日本において、会員制交流サイト(SNS)で知り合った17歳の少年にみだらな行為をしたとして、警察が2021年3月1日、県青少年健全育成条例違反の疑いで、東京に住む会社役員の女(43)を逮捕した。「18歳未満とは知らなかった」と容疑を否認している。少年は女とフェイスブックで知り合い、5日間ほど外泊した。不審に思った保護者が警察に相談して事件が発覚した。女は奈良県という遠隔地のホテルを使い、県内に住む少年と性行為をした。

2.トップモデルがインターセックス(両性具有)であることを告白:長年世界のトップ・ファッションモデルとして活躍してきたベルギー出身のハンネ・ギャビー・オディール(30)は、2017年1月に「インターセックス」だと告白(カミングアウト)した。モデルとして得た名声を活用し、インターセックスの基本的人権を訴えている。インターセックスという幅広い両性具有の言葉のの範疇には、両性の生殖器・生殖腺・染色体・ホルモンの分泌状態などの組み合わせによって30以上、いや60以上とも言われるパターンがある。彼女(?)の場合、生まれたときの外見は女の子だった。両親もそう思っていた。だが生後2週間ほどして感染症にかかったことがきっかけで、一般社会でタブーとされていたものが判明されていく。血液検査では普通の男の子だった。身体内部に精巣を有し、子宮と卵巣は彼女の身体には存在していなかった。男性の特質を表すべきXとYの染色体を兼ね添えてはいたが、精巣から作り出される男性ホルモンはオディールの身体の中で完全に拒絶され、女性ホルモンに変換されていた。CAIS(Complete Androgen Insensitivity Syndrome/完全型アンドロゲン不応症)だったのである。本人は女性の意識でいたため、10歳のときに精巣摘出が施された。17歳で自分がインターセックスだということを知った。この頃モデルにスカウトされ、18歳のときに膣を広げる女性器形成手術を行っている。28歳で自分がインターセックスであることを公言し、以来性別固定化への抵抗運動に乗り出した。

3.背丈が2mを超える女性姉妹(性の多様性とは関係ない):先天性の遺伝子疾患により、25歳にして身長が約202センチ(79.5インチ)ある女性が『Born Different』のインタビューを受け、自身の病気について語った。ウクライナの港湾都市セヴァストポリに住むリュドミーラは先天性の遺伝子疾患「マルファン症候群」を患い、高身長で痩せており、腕や脚、手足の指が長い。リュドミーラさんの身長は約202センチあり、約18センチ(7インチ)ある長い首が印象的だ。姉妹であるタマラもリュドミーラさんとほとんど変わらないほど背が高いが、マルファン症候群ではないという。異常な成長が始まったのは11歳の時で、骨が急速に伸びたことによる身体の痛みなど健康上の問題を抱えるようになった。14歳の時にはすでに身長が195センチもあったという。16歳のとき心の変化があり、今では自信と誇りを持っているという。マルファン症候群は細胞と細胞を繋ぐ結合組織の異常で約5000人に1人が発症すると言われており、個人差はあるものの骨格・眼・心血管・肺などに異常が現れることが多い。 両親のいずれかがマルファン症候群の場合、子どもに遺伝する確率は50%で、患者の4人に1人は遺伝子の突然変異による発症だという。(TechinsightJapan/21.3.11記事)

4.男の狼のような性癖/非営利団体「Stop Street Harassment」が2018年1月に18歳以上の男女を対象にしてアメリカ国内にて行ったオンライン調査では、女性の81%、男性の43%がこのような路上ハラスメントなど何らかの形でセクハラ行為を受けた経験があることが明らかになった。(TechinsightJapan/21.3.14記)

5.国が性風俗営業を「不健全」と判断/関西地方の派遣型風俗店の運営会社が、新型コロナウイルスの感染防止対策で支払われる持続化給付金、家賃支援給付金の対象から外されたため、憲法が保障する法の下の平等に反すると国を相手どり、未払いの給付金や慰謝料など計約450万円を求めて訴えた。その第一回目の口頭弁論が4月15日に東京地裁で行われたが、国は性風俗業について『本質的に不健全』とした上で、支給の対象外とした判断は合理的、と主張した。(NEWSポストセブン)(21.4.25記)


  性の多様性をなんとかグラフ化して個人がどの位置にあるかを示したいと考えた。ファクターはいくつもあるだろうが、①性同一性(身体と心の性的傾向)・②性欲の強さ・③性的嗜好が挙げられる。2次元図にするために、①と②についてグラフ化してみる試みをした(性スペクトル図:Sexial Spectrum diagram)。データが全くないため、想像するしかないのであるが、横軸に男女性(男と女の性器的傾向)・縦軸に性欲性(肉体的なものと精神的なもの)を取って四角いグラフ内にプロットした図はすり鉢形になるのではないかと考えた。たとえば95%の男が自分は男であると自覚し、そうした性欲行動を取るとすれば、その人はグラフの左側の上端に近い所に位置する。女っぽい傾向があると自覚する男は横軸の真ん中より左側に位置するが5%程度かもしれないのでかなり下の方に位置する。両性具有(インターセックス)の場合は真ん中に位置するが人数的には1.7%程度だというデータもある。両性具有が果たして心まで両性の特徴を持つのかどうかは不明である。

  性器(精巣・卵巣等を含む)が男女の典型的なパターンであったとしても、心理的には全く反対の傾向を持つ性同一性障碍者もいる。性器の男女性の多様性(両性具有:疾患的には性分化障碍と呼ばれる)についてはその程度により60以上に分類されるそうで、遺伝子を検査しても判別できない場合もある。2017年にはドイツの憲法裁判所が、大半のインターセックスの人々に当てはまる「第三の性」の存在を認めるよう国に命じるという画期的な判決を出した。この性多様性の問題は、自然界にも見られることから、ある意味では異常ではあるが、健康面での病気ではないことから、その存在が公的にも認められつつある。だが性別の存在を基本とした社会システムが対応できていないことから、諸々の問題が生じている(20.10.30「性的マイノリティーが生ずる要因に関する一考察」参照)

  人間が高度な社会システムを構築したことが、これらの問題を生んでいることは確かであるが、それが人間(人類)の生存確率を重視(全体主義・サバイバル主義)するのか、個体の生存を重視(個人主義・自由主義)するのかで観方は変わるであろう。ノム思想は前者を採用しているため、個人の権利の主張は認めない。これは現代的思想の趨勢に反するものであるが、世論や大方の人の意見は性別をはっきりさせた方が良いと考えているであろう。そのためこの問題は今後も検討を要することになる。

  現代では古い時代に比べてはるかに性的マイノリティの存在は公認されてきており、オカマと呼ばれるゲイやレズビアンの存在も有名人では珍しくなくなってきた。政治家でさえ公言する者がいるくらいである。最近では誰もそれを軽蔑したり、特殊視しなくなった。だからと言って家族を基本単位とする人間社会の秩序が乱れて良いとは思わない。すなわちイデオロギーに基づく個人主義のために、全体の調和を大切に考える全体主義の良い面が破壊されるのは許せないと考える。

  筆者の考えでは、確率的に低い存在をイデオロギーによって優先してその権利を全体に適用するという考え方は自然に反すると思うのである。自然は適者生存の原理に基づいており、進化論だけが少数者に味方しているが、それは環境が少数者に有利になった場合である。現代は確かに少数者に多少は有利に働いているが、それで生存確率が上がるというわけではなく、もっぱらイデオロギーから生じている有利性である。個人の権利の主張が声高に主張される現代は社会に重大な脆弱性を生み出しており、それは多分将来淘汰されるであろうし、最終的には全体主義が世界を制御することになるだろう(20.4.9「全体主義の優位性 」・20.7.16「自由主義と民主主義の破綻」・1.7「制御思想」参照)

  人間の性の多様性が生み出されたのは恐らく集落が形成された頃からであろうと思われる。すなわち数十万年以上前からであろう。その間、現在と同様性的マイノリティの存在はあったのだが、社会的問題とはならなかった。江戸時代にはその浮世絵も春画として堂々と印刷されている。キリスト教文化が性的に禁欲的であったため、その反動が西洋で強く出てきているにすぎない。すると数十万年の歴史と、現代のわずか数十年の趨勢とどちらを重視するかという価値論の問題となる。筆者は長い歴史を重視する立場を取る。それは決して懐古趣味でも前時代への回帰でもない。それが自然の摂理であると思うからである(20.12.1「自然の叡智と人間の叡智」参照)

  結論を急ごう。人間の性の多様性は自然界では特殊なものとなっているが、それは人間が社会を作るようになったからであろうと思われる。類人猿は人間に近い性的関係を持つことからもそれは明らかであるように思われる。そして少なくとも数千年の間、性的マイノリティは社会からある意味で秘匿されてきた。今日的な言い方で言えば「差別」されてきたことは厳然たる事実であろう。しかしそれで社会全体が安定していたとすれば、少数者の意見を尊重して社会が不安定になるよりは遥かにマシである。現代においても未来に於いても、少数者という特殊な存在は、それがもし秘匿すべき問題ではないにしても、社会の秩序を乱すような変更を主張できるわけではない。この問題に関しては少々保守的な立場を筆者は主張したいと考えている。すなわち、少数者のために現代の家族制度の根幹を支えている「男女の婚姻」という現状を破壊することには反対である。だがマイノリティの存在を社会は許容し、受け入れる方向に進むであろう。


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