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【時の言葉】外出を控え、資源消費を減らそう(2022.6.20))

【科学評論】

【複製】化学分野の革命・新物質合成に成功

2023-11-29
  日経サイエンス誌の最近号で知ったことだが、化学分野での革命が起こっているらしい。我々が習ってきた化学の常識が覆されるとともに、化学の分野で全く新しい開発が始まったと思われる。これは本来【科学評論】に載せるべき内容だが、事が重大な意味を持っているため、【時事評論】にも載せることにした、完成してから【科学評論】にも【複製】を作った。

  自然界にはこれまで、メンデレーエフの元素周期表に載せられている103個の元素、及び人工的に作られる放射性元素を加えて、118種の元素が知られている。元素がまだ増えることは予測されているが、既知の元素の中間的なものはあり得ないとされてきた。その意味で元素は「量子化」された存在であると考えられてきた。だが15年ほど前に、京都大学の学生であった草田康平のアイデアから、北川宏教授は元素と元素を特殊な方法で混ぜることで、新たな全く新しい元素を合成できることを示した。これは専門的な言葉で「非平衡科学的還元法」と名付けられているが、簡単に言えば、数種類の元素を混ぜた合金に200℃に加熱したトリエチレングリコールを吹き付けることで急速に還元すると、イオンが瞬時に還元されて原子状態になり、完全に混ざった合金のナノ粒子ができるという。するとこれまでの合金とは異なる化学的性質を持つ、全く新しい疑似元素ができるのである。北川はこれを「有理数化」された元素と考えている(後述する新物質の組成を参照)。

  たとえば安定な金属元素は60種類ほどあるが、2種類を組み合わせるだけで組み合わせは約1800通りある。だが普通は7割以上が原子レベルでは均一に混ざらず、’相’分離した状態で「相分離型合金」のようになる。一方完全に原子レベルで混ざる「固溶体型合金」として、人類はそうした状態の合金を「青銅」という形で初めて利用した。これは銅とスズの合金である。もしあらゆる元素の組み合わせで固溶体型合金ができれば、新物質が生まれる可能性が顕著に増えることになる。

  これまでにも、人間は元素を混ぜることでその性質を変えてきた。前記したように青銅はその最初の発明品であった。鉄器は偶然に、製鉄の際に混ざる炭素によって、それが鉄の硬さをもたらした。純鉄というものをノムは見たことがないが、結構軟らかいものだそうである。これでは武器としては使いようがない。現代の半導体もまた、混合物として有用な働きをもたらしてくれる。シリコンやゲルマニウムに不純物として価数の大きいリンやヒ素をわずかに入れる(これをドーピングと呼ぶ)と、n型半導体となる。価数の小さいホウ素を入れるとp型半導体となる。鉄や半導体では、不純物程度の混合が特異な性質を生み出している。だが今回の新物質では、後述するように、割合は様々である。しかも特定の元素に限られず、あらゆる元素の混合が可能になったようだ。これが単なる混合状態ではないことは明らかであるが、一体どういう状態なのかは今一よく解らない。

  北川は2種類の「混ざらない元素」を上記手法によって固溶体型にすることによって、各種新触媒を開発してきた。さらにその数を増やし、「ハイエントロピー合金」と北川が呼ぶものを創り出した。たとえば白金族の6元素を混ぜてハイエントロピー合金を世界で初めて創った。驚くべきことにさらに金と銀を加えて8元素で創り出した合金を水の電気分解で試したところ、市販の白金触媒の10倍以上の効率を示したという。8元素の中の金と銀、そしてオスミウムの3元素は「水電解には向かない」、とされてきた常識を打ち破った。この3元素を除いた5元素合金でも従来の白金より4倍となった。この現象を北川は、「秀才元素と鈍才元素の出会い」と表現している。これは人間界にも比喩されるかもしれない。人間界でも、「多様な人材が出会うことで、新たなアイデアや発見が生まれる」、ということに例えられる。単体で優れた特性を持つ秀才元素だけを混ぜても、最適な触媒は得られないという。

  触媒の表面に並ぶ原子の電子状態を解析したシミュレーションによれば、実際に「新元素」が元の性質を失って、新しい性質を示す様子もすこしずつ見えてきているという。だが多数の元素を混ぜるというのは、組み合わせの数がべき乗的に増加することから、5種類の混合を考えた場合には100万通りの組み合わせが生じ、研究開発は大変なものとなるだろう。組み合わせでどういう性質が出てくるかはまだ完全に予想できる段階にはない。そこで狙った性能を持つ合金を生成AIで予想するという手法も考えられている。信州大学の古山(こやま)通久(みちひさ)は、ハイエントリピー合金のナノ粒子のシミュレーションを手掛けてきた。201個の原子を使ったシミュレーションでは、原子配列の組み合わせが「10の93乗通り」となる。これに混ぜる比率を加えると、無限大の組み合わせとなるだろう。古山はデータベースから計算モデルを作成し、1日に1000通りの触媒の安定性を計算できるまでになっているという。

  この材料の組成を複雑にするという試みは、触媒分野だけでなく、全固体電池の開発にも応用されている。東京工業大学の菅野了次は2023年、固体電解質をハイエントリピー化することで、最高性能を達成したという。それにより現在の全固体電池のブームが起こった。新物質「Li9.54Si1.74P1.44S11.1Br0.3O0.6」は、複雑な組成からも分かるように、応用は金属元素に限らないということが分かる。大容量電池の開発が期待されている。

  上記したように、水の電気分解の効率が上がれば、「水素社会」(水素をエネルギー源とする社会) を達成する近道が出来るだろう。さらに水素燃料で発電をして、その電気を高効率な常温超電導合金による蓄電設備で蓄電し、需要と供給のバランスに悩んでいる発電企業(東電など)は夜間に蓄電を行うことで、バランスに悩まされなくなるかもしれない。つまりこうした新物質によって、社会全体が変わる可能性が出てくるのではないだろうか。核融合という人類の夢の発電も、新物質の登場で可能性が早まると思われる。

  元素という概念が崩れ去ったかのような感がある。基本的な元素の考え方は変わらないにしても、元素の多様化が起こっていると云えるだろう。この化学革命は「現代の錬金術」とも呼ばれている。もしかしたら、卑金属から貴金属を作り出すこともあり得るのかもしれないという。だが旧来の常識で考えたくなるノムは、今一つ納得できない点もある。原子レベルで考えた場合、たとえナノレベルで異種原子が隣同士に配列できたとしても、その原子の陽子と中性子の数に変化はないのではないか、そう考えた場合、果たしてこの新物質を新元素と考えていいのだろうか、という疑問である。今後、新物質の電子状態だけでなく、陽子と中性子の状態を含めた解析が行われることを期待したい。いずれにしても、この発明は画期的であり、革命的であると表現して間違いはないだろう。将来、この発明に関連した人がノーベル化学賞を受賞することは間違いないと思われる。そしてそのヒントが、学生の素人っぽい「2つの元素を混ぜたら中間の性質が得られるのではないか?」という発想から生まれたと云うのも、実に興味深い話である(22.5.23「素人やアウトサイダーにのみできること」)

(11.27起案・起筆・終筆・11.28改訂追記・11.29掲載)


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