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【時の言葉】外出を控え、資源消費を減らそう(2022.6.20))

【時事評論2021】

ロシア情勢

2021-04-15
  ロシアが突如、南ウクライナとクリミアの国境線地帯に軍を5万人増強し、8万人とした(【時事通信】《ロシア》4.12記事)。これは戦争を始める前の兆候である。既にウクライナからはクリミアを武力強奪しており、さらに領土を拡大するつもりなのか、その意図を計りかねているのが実情だろう。だが筆者はその意図が明らかに、内政が上手くいかない時の常套手段であると観た。そしてこの謀略は中国とのアウンの呼吸によって為されたと推測している。その根拠を以下で説明したい。

  ロシアのプーチン大統領が窮地に陥っていることは、その支持率をみれば明らかである。2000年5月7日にロシア連邦の第2代大統領としてプーチンは前任者エリツィンの後を受けて絶大な支持のもとに就任した。その時の支持率はおよそ60~70%であった。2004年の2期目の大統領選でも70%を超えていた。だが強権政治に対する不満も生じており、長年の圧政に対する改革派の勢いも増しつつある。プーチンは任期制限を乗り越えるために、メドベージェフとタッグを組み、交代で首相と大統領を務めるという裏技までやってのけた。2014年のウクライナ騒乱に乗じてこれを併合したときには、65%台から一気に再び85%以上の支持率を得た。だが2018年の大統領選以後に急落し、年金改革でさらに支持率は悪化して60%にまで落ち込んだ。2020年8月現在でも60%にとどまっている。この支持率は高いようにも見えるが、プーチン政権下のメディアなど全ての情報が操作されていること、選挙も強権的手法で操作されていることを前提に考えなければならない。ソ連時代の郷愁に浸る人が6割以上居るということからして、実際の支持率は30%と思われる。この30%は「山分け国家資本主義」と揶揄されるロシアの既得権益層である。もう一度クリミア併合のようなことをやれば、再び支持率が上がるだろうとプーチンは考えたに違いない。

  もう一つのロシアの問題は産業と財政にある。ロシアはソ連時代の先進性を失ったため、国家歳入の4割を資源輸出に頼っているとされる。2010年にメドベージェフが大統領を務めたときに、シリコンバレー建設を目指してスコルコボにイノベーションセンターが建設され、2600億円が投じられたが、特区並みの税優遇措置を講じても企業は結果をだしておらず、3200企業は青息吐息とされる。このような技術と産業の閉塞感は国民に発展の機会を失わせた。2000年以降のロシアはGDPからみても下降を辿っており、メドベージェフ時代の2009年にはマイナス8%、2020年にはマイナス3%に達した。当然の結果として財政は破綻状況にあり、それでも2021年の極超音速ミサイル開発など、兵器産業には力をいれており、国民はその犠牲を払っている。

  現在アメリカは中国の脅威を真剣に受け止め、台湾有事に備えようとしている。4月13日にバイデンが突如アフガンからの撤兵を表明したのもその表れと見られる。アメリカの視点が中国に集中している今が、プーチンにとっては領土拡大(ロシア側の見方からすれば領土奪還)の絶好のチャンスだと判断したようである。これは中国にとっても好都合であり、アメリカの軍の動きが2つに割れれば、中国にとって非常に有利な状況が生まれる。かつてソ連時代には中ソ関係は必ずしも良くなかった。領土が接していることもあって不倶戴天の敵同士であったこともある。双方ともお互いを信じないという独特の関係があるが、双方に利益になることは協調するという呉越同舟的協調もある(《国際》21.12.31「プーチンが・・」)。今回は正にその利益が一致していると観るのが自然だろう。特にトランプ時代のアメリカはロシアに異常なほど好意を寄せていたため、米露関係に特に問題は少なかった。だがロシアはトランプ大統領誕生に大きな貢献をしている。サイバーテロによる選挙干渉である。バイデンもロシアとの関係が取りざたされている。だがバイデン大統領が就任した2021年1月以来、バイデンはロシアに媚びる姿勢だけは見せていない

  今回のロシアの軍の動きに対しても、サキ大統領報道官は明確に非難しており、「侵略行為だ」と断定している。リーカー米国務次官補代行(欧州・ユーラシア担当)も12日の電話記者会見で、「ロシアが無謀かつ攻撃的な行動を取れば代償を払うことになる」と強く警告した。これに対しロシアは米国の反発を予想していたかのように、「クリミアには近づかない方が身のためだ」と恫喝した。アメリカとしてもロシアと中国の2方面作戦を強いられるのはとても耐えられないことであろう。この2国ともに世界の大国であり、しかも核保有国だからである。アメリカは中国包囲網を築くのにも成功しているとは言えない。まして世界はここ暫くの間、ロシアなど眼中にもなかった。ロシア包囲網というものを築こうとしても世界の同意は得られないだろう。

  すなわち、アメリカが中国にかまけている間に、ロシアには誰も目を向けないことをいいことに、プーチンは領土拡張によって支持率を挙げようと画策したわけである。だがアメリカが真剣に危惧しているのは、むしろ中国の動きであり、ロシアが領土拡張(ウクライナ奪還をも考えているかもしれない)をしている間に、中国が台湾に侵攻するかもしれないということである。ロシアがクリミアを併合した際に、アメリカのオバマ大統領は黙して動かなかった。まさか当時と同様にバイデンが動かないとは中国も思ってはいないだろうが、動けないようにすることはできるだろう。中国の兵法書の『三十六計』には「攻撃は最大の防御」の考えと一致する「勝戦計」という項目がある(20.7.19「中国の兵法書「三十六計」に見る闘争の歴史 」参照)。その中に、「敵に繰り返し行動を見せつけて見慣れさせておき、油断を誘って攻撃する」(日本の尖閣・沖の鳥島侵入・台湾の領空侵犯)という項がある。ロシアが動けば中国はいつでも攻撃に動けるという状態にあるということである。つまり中露は連携して動いており、それは何らかの密約、ないしは黙認の連携であるだろう。

  だが中国には北京オリンピックという弱みもある。来年の開催を控えており、今すぐ行動に移るのは得策ではないと考えている。最も可能性が高いのは北京オリンピック以降であるが、ロシアが侵攻を始めてどさくさが生じた隙を狙って台湾と尖閣を同時に制覇するという構想を描いていると思われる。残念ながらアメリカはこれに対抗する準備をほとんどしてこなかった。受け身になっているアメリカに勝機はない。だが中露の思惑通りに事が運ぶという保証もまたない。全ては運命の中にあり、それを人間が予測することはほとんど不可能である(20.11.7「運命論」参照)。 (22.1.1追記)


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