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【時事評論2021】

西欧は「人権外交」を止め、「人道外交」に切り替えよ

2021-07-15
  西欧諸国が中国を中心に、ロシアなどに人権外交を仕掛けている。特に体制の異なる中国に対しては、その融和性のない攻撃的態度に危機を感じており、それを抑えるための理由が見つからないために、「人権」という概念を持ち出して攻撃しているのである。だが全体主義国家であり独裁国家でもある中国の法律では「人権」の考え方は基本的に「国家に貢献した者に対して与えられる権利」であって、西欧のようなジョン・ロックの「自然法的人権」の考え方から出てくる基本的人権とは異なるのであって、議論が噛み合う訳がない。中国も最初のうちは個々の批判に自国の主張をして対応していたが、その主張には道理がないので世界に対しては非常にイメージが悪くなることに気付いた。そこで、「強烈な不満と断固とした反対」という常套句に替えてみたが、これも全く説得力のない自己弁護的な文言なので、最近では悪行を指摘された場合に「内政干渉に反対する」という言い方に代えた。これは誰が見ても納得し易い言い訳であり、正当性がある。果たして中国がこうした言い訳をした場合、西欧がどう対応すべきかを検討してみた。

  国家には主権があると国連も全世界も認めている。それは「民族自決」という古臭い言い回しとも関連し、独立運動の旗印となった。一旦国家が形成されると、その国家が国際的に承認されるならば主権を持つことになり、どのような体制や思想を持とうが世界は認めざるを得ない。もし中国の主張することが国際的に認められなければ、中国という国家を非承認国に指定すればよいのであるが、貿易関係でグローバル化してしまった今日ではそれは実際的には不可能なことになってしまっている。そこで西欧諸国は台頭して自分達を追い越そうとしている中国の頭を叩きたいのであるが、それには大義となる理屈が必要となる。中国が自国民をどう扱おうが、それが中国の法律の中で行われている限り、他国が言い掛かり(いちゃもん)を付けるのは内政干渉になってしまう。西欧諸国は常套手段として「人権」を持ち出しているが、中国の人権は西欧の人権とは概念的に異なるため、前述したように議論とはならない。土俵が違うのである。

  西欧諸国は中国が「内政干渉」という言い逃れを使いだしてからその批判の大義を失いつつある。それは未来世界を構想しているノムの目からも明らかであり、未来世界(ノム世界)が全体主義を採るため、中国のやり方には共通点があり、政治の邪悪性を除けばかなり中国の手法に学ぶところが多い。そうした中国の立場に立てば、自国の思想に則って法や制度を作っているのに、西欧の基準と違うからといって文句を言われるのは道理がない、と考えるのは当然であり、「内政干渉」だと突っぱねることで全て中国の言い分が通ってしまうことになる。中国の最近の対応の仕方を観ていると、最初のころはムキになって反駁していたのが、開き直りとも見える突っぱねになってきたと感じる。前項でも書いたように、6月22日の国連人権理事会で、中国を批判したのは44の米欧日であったが、60以上の中国に支援を受けている弱小国などが中国の主張を支持した。それには中国が「内政干渉」という言葉を用いてたことが大きく影響していると思われる。弱小国は人権を問う西欧日の支援の仕方に反発しているからである。中国はカネと武力で世界を支配しようとしており、西欧日は人権で世界を統一しようとしているように見える

  そのような他国の批判に対して業を煮やした習近平は、7月1日の建党100年記念の日、天安門の楼上に立って行った1時間余りの演説で、「我々をいじめ、服従させ、奴隷にしようとする外国勢力を中国人民は決して許さない。妄想した者は14億の中国人民が血と肉で築いた鋼の長城にぶつかり血を流すことになる」と異例の強い表現で外圧に立ち向かう姿勢を示した。人権をめぐる米国を中心とした国際社会からの批判を念頭に置いた発言である。善意ある批判を歓迎するとしながらも「教師面した偉そうな態度での説教は絶対に受け入れない!」とし、米国などによる価値観の押しつけを激しく拒否する姿勢を示した。これは日本に対して戦後行った価値観の強要も同じであるが、戦勝国を自称する中国共産党は敗戦した日本と違って世界の覇権国となったが故に傲慢になって価値観の強要を拒否しているのである。これは当然のことであり、そこまで中国を甘やかし、ちやほやして援助してきたアメリカや日本がむしろ責められるべきであろう

  それゆえ人権外交には上記したように論理的な無理があり、ましてアメリカは自国に黒人問題などの人権問題を抱えており、中国から正面切って揶揄される始末であり、とても他国に垂訓を垂れる立場にはない。6月28日には習近平とプーチンがオンライン会談で、「民主主義や人権を掲げて他国の内政に干渉することや、一方的制裁を行うことに反対する」と強調した。筆者は以上の状況を踏まえ、法律的な「人権」という概念で他国を批判することを止め、人間界の普遍的概念であり道徳である「人道」というもので中国やロシアを批判すべきだと考えてきた。そのために2つの項を設けて検証もしてきた。ここに改めて、西欧日は「人権外交」と称するものを止め、「人道外交」に徹せよと主張する。既に国連でも「国際人道法」という概念を提唱しているからである。それを紛争時に限定せずに平時の国家運営にも拡大し、より明確なものにしてから他国を「人道」によって批判するならば、正当性があると言えるだろう。だが現在の国連にそれをまとめられる能力も智恵もないことが明らかであり、ノムとしてはより根源的なところに立ち戻って、中国を敵国として認定するしか中国を批判する根拠は作れないと考えている。それには米欧日が結束して国連を一旦破棄するか脱退し、新たな未来志向の国連に作り替えて再出発するしかないのであろう。


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