本文へ移動
【時の言葉】外出を控え、資源消費を減らそう(2022.6.20))

【時事評論2021】

人類の挑戦と進化

2021-03-12
  人類が進化してきた過程ではいろいろなことが作用してきたようだ。近年になってウイルスが哺乳動物の誕生に決定的役割を果たしてきたことが分かってきた。科学が我々の想像を超える事象の真理を明らかにしてくれることに、最近ワクワクしている。今回はNHKの番組から人類の進化に「挑戦」が必要であったことを知った。それは生命全てに備わった本能であるが、それが生存を賭けた仕組みであることも明らかになってきている。これは生命を平等に考えようとする現代のイデオロギーを否定することに繋がると考えられる。その理由を説明してみたい。

  生命は環境の変化などに対応するため、個体にある程度の変化を持たせた。人間で言えば、体格の差や性格の差がそれに相当する。必ずしも大きな身体が生存に有利というわけではなく、時には小さい体躯の方が有利に働くこともある。人種的に体格差があるのは、やはり環境が作用した結果なのだろうと思われる。性格というものには生まれつき備わったものもあるが、経験によって培われるものもあると思われる。だが成年に達するとそれはほぼ一生の間変わらないとされる。人間社会の中でのその性格の多様さが人類の進化にも関わっているとする番組の主張は実にユニークであるが、よく考えてみると、筆者の思考の延長線上にあることが理解された。一方、現代の人間の平等性を謳うイデオロギーには全く当てはまらないことであることも理解できる。

  人間の性格差の中で番組では「挑戦(スリル)」ということが取り上げられた(2.8「人の快楽追及に限界はあるのか?」参照)。人類の祖先の霊長類は長い事木の上で暮らしていたとされる。そこが生存のためには非常に安全であったからであった。猛獣は木に登ってこれないが、蛇だけは上ってこれる敵であった。人間が蛇を嫌うのはその原始の記憶があるためだという仮説もある。だが環境の変化が祖先を木から降りる選択をさせた。その先陣を切ったのは果敢なチャレンジ精神に富んだ個体であった。彼らは恐怖を抑えて木の下に降り立ち、落ちた果物などを採集した。彼らが二足歩行したことで両手が使えるようになり、果物を多く運ぶことができたことで二足歩行が進歩した。それを見ていた臆病な個体も、習って木を降りたと想像される。

  ここに性格の違いが表れているのであるが、パイオニアとなる人は冒険心に富んでいると言えるだろう。また指導者などもそうした性格を持つと考えられる。この挑戦という行動を支えている心情(感情) をかつては「恐怖」というものに分類していたようだが、現代では「スリル」というものに置き換えているようだ。これ自体が派生感情の一つであり、そこには不安・驚き・喜び・興奮・好奇心・恐怖という基本感情が伴い、満足・娯楽を与える要素ともなっている。冒険や挑戦は危険を伴う面があり、成功と失敗がある。しかしサイクロン(日本ではジェット・コースター) は失敗のないスリルであり、これを好む人と好まない人がいる。実験してみると前者では心拍上昇は見られるものの、落下に差し掛かると逆に下降する。これは快感、もしくはリラックス状態になることを意味するという。後者は一方的に心拍が上昇しっぱなしとなる。これは状況から逃れたいという心理状態だという。

  これを医学的に説明すると、恐怖は交感神経系によりもたらされ、リラックスは副交感神経によりもたらされる。心拍が上昇するのは交感神経がアクセルを掛けるからであり、リラックスすると副交感神経によりブレーキが掛る。恐怖は最も古い感情機能であると言われ、生きていくために危険を避ける必要から生まれた。これは脳の偏桃体で感受・制御されている。すなわちアドレナリンを放出して臨戦態勢(3F)を作り出す。それはFreeze(固まる)・Flight(逃走)・Fight(戦う)である。敵に対して固まっていては負けるし、逃走だけをしていては繁栄は望めない。最後の戦うは命がけであり、それはチャンスでもある。一般的に冬山登山のように、恐怖を克服したときに達成感や喜びがあると言われる。

  この喜び・快感の感情は偏桃体に繋がる線条体でもたらされる(報酬系と呼ばれる)。ドーパミンという快感物質がここから放出され、快感を感じるのである。恐怖を覚える場面に遭遇した場合、アドレナリンとドーパミンは両方とも出されて均衡を保つように働くが、恐怖感を制御した人はアドレナリンが減少し、相対的にドーパミンが多くなることで快感を感じるようになるというのである。スリルを楽しめる人、冒険を好む人、人の上に立とうとする野心的な人は、言わば快感を求めて行動の選択をしているのである。サイクロンが多くの人に好まれるのは、それが安全だという保証があるからである。だが多くの挑戦には必ずリスクが伴う。

  薬物中毒者はアドレナリンが過剰に出されていることが多く、いわばアドレナリン中毒者とも考えられる。そこでこの治療に、スカイダイビングやバンジージャンプというような過激なスポーツをやらせることで、それを上回るアドレナリンを放出させ、薬物依存から脱却させるという治療法もあるようだが、これは本末転倒で無駄の多い方法であろう。それよりも権力者が感じる支配を制御したときに感じる幸福感・至福感を問題にすべきであろう。それを最も強く感じられる独裁者を出さないために、これらの専制者に治療を施すべきである。言ってみれば独裁者は薬物中毒者と同じだからである。彼らにドーパミンを処方すれば、大人しくなるかもしれない。

  ここには慣れの問題もある。子どもは小さな滑り台でも最初は恐怖を示すが、慣れてくるとより大きな滑り台に挑戦するようになり、小さな滑り台には興味すら示さなくなる。これを筆者は「欲望の高進性」(別のところでは「増進性」とも表現)と呼ぶが、人は手の届く欲望をより強めて求める傾向がある。挑戦ということについても言えることであり、より困難なことに人は挑戦し続けるのである。それが良い目標ならば良いが、性欲・所有欲・支配欲というものは一般的に限界がない(2.8「人の快楽追及に限界はあるのか?」参照)。だが性欲を除いて他の我欲はおおよそ精神性の向上によって制御可能なものである(1.7「制御思想」参照)。性欲だけは生殖本能に基づく生理的なものであるため、意思による制御は難しい(20.10.24「人間の性の問題に切り込む」参照)

  一方新しい未知なものに対しては抵抗があり恐怖を伴うこともある。これを新奇恐怖(ネオフォビア)と呼ぶが、好奇心を生み出すことも多い。未知なものが得体の知れないものだと恐怖に感じるが、安全だと分かっている場合や理解した場合は挑戦したいという気持ちになるのである。それは人間が他の動物に比べて非常に挑戦的であることを示唆しているだろう。なぜならば、未知なものを克服したときに、人は線条体により多くのドーパミンを出して快感(達成感・満足感)を得るからである。人は脳の前頭前野による判断・制御により、困難な状況や危険な状況を克服することに大きな喜びを感じるのである。経験はその意味で非常に重要な脳の訓練になる。だが同じ事を繰り返すことでその満足感は小さくなる。つまりドーパミンが出にくくなるのである。老人が物事に慎重であるのは、経験が多い事・失敗を経験していること・能力が衰えてきていることで自信が無くなってくること、が主要因である。    

  現代人に対して「スリルウィーパー試験(スリルを求める傾向)」を行うとほぼ正規分布となるという。質問は15問あり、回答は「当てはまる:4点/やや当てはまる:3点/あまり当てはまらない:2点/当てはまらない:1点」で答える。以下がその設問である。試してみていただきたい。
  1.少々危険でもスリルのあるスポーツをするのが好き
  2.少々危険でも活動的な仕事の方が好き
  3.スリルある活動や冒険的な行為が好き
  4.成功する見込みが少なくともあえて危険を冒す
  5.スピード感ある乗り物が好き
  6.流行に合わせて趣味を変えるのが楽しい
  7.スキャンダラスな話題が好き
  8.騒がしいが楽しい雰囲気の中で踊るのが好き
  9.常に新しい情報をとりいれるのが好き
  10.ハラハラするが飽きない人と付き合うのが楽しい
  11.特殊で変わった仕事をしてみたい
  12.できるだけ変わった体験のできる仕事をしてみたい
  13.できれば様々な経験をしてみたい
  14.目新しくて変化に富んだいろいろなことをしてみたい
  15.興奮したりわくわくすることは好きだ
 このテストで15~29点であればスリル嫌い45~60点であればその人はスリル好き、ということだそうだ。筆者は45点で辛うじてスリル好きな方に入る。卒業の時に酔っぱらってオリンピック競技場の吊り屋根の支柱の天辺に上ったのがその最たるものであり、中の真っ暗なトーチカに入って穴に落ち、1本の枯れ枝があったことで九死に一生を得たことがその証拠となるだろう。多数の人をテストすると、ほぼ正規分布になるという。

  危険な仕事をしている人にこのテストを実施してみても、驚くべきことにやはり平均的な分布であるという。仕事となると安全性が優先されるので、慎重な人の方が向いているとも言えるのである。刺激を求める人は危険のリスクを過小評価しやすいのである。これは社会にも当てはまり、挑戦的な人と慎重な人がいることで進化が保証されているという面がある。どちらか一方では進化はおぼつかないというのである。進化とまでは行かなくても、社会を安定させるには挑戦的な人も慎重な人も必要であり、たとえば第二次世界大戦のドイツのように、ナチズムに全員が熱狂した結果、ドイツは手痛い敗戦を被った。リスクに対する警告者の存在は重要なのである。

  ハイリスクシーカー(挑戦者) の特性として、①ストレス耐性が高い・②犯罪に向かいやすい・③刺激がない環境に耐えられない、という特徴がある。未来世界の賢人要件として①は必要であるが、②と③があってはならないローリスクシーカー(慎重な人) の特性は、A.地道にコツコツ積み上げることが得意・B.危険を高く見積もりすぎる・C.ストレス耐性が低い・D.刺激がない環境でも耐えられる、というようなものとなる。賢人要件にはA・B・Dが有用となることが分かる。未来市民としては①・A・B・Dが賢人と同じように求められる。結論としては、未来世界では変化が乏しくなることから、刺激がない環境でも耐えられるという要素が最も重要になってくると思われる。番組では名古屋大学の認知科学者の川合伸幸教授が、緊張を強いられたときや退屈した時に大声を挙げてストレスを発散させることが有用であることを教えてくれた。また『徒然草』に「高名の木登り」という例えがあることを示した。緊張が解けたときが最も危ないということを肝に銘じなければならない。未来では挑戦的な人は有用性を失うことになり、改善的な人が有用性を持つようになるだろう。


TOPへ戻る