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【時事評論2021】

アメリカ衰退の状況論(21.1.24追記)(3225文字)

2021-01-12
  アメリカが国内に「国論分断」という深刻な病気を抱えてしまったのには、それなりの理由があるはずである(1.8「アメリカの心はどこに?」参照)。歴史の流れの中にそれを見出そうとする試みは決して無駄なことだとは言えないだろう。筆者は状況論的な思考からそれを解き明かしてみたい(4.25「状況理論からマイナス経済成長の善悪を考える 」参照)。だが状況論とは無限に多数の状況のうち、どれを主たる要因として考えるかによって異なる結論を導き出してしまう恐れがある。本来ならばこれは統合AIによって判断すべき事柄であるが、未だ歴史にAIを適用しようという試みが始まっているということを知らないので、筆者としては人間の持つ直観力に頼るしかない(20.11.7「AIに期待する 」参照)。だが多くの人により歴史的事象を客観的・公平に事例として取り上げることで出される意見が集積されれば、それもまたAIによって判断されることがもうじき可能になるであろう。その意味でこの項も試論として行われるものの一つである。

  アメリカが母国イギリスから独立したのは1776年7月4日の独立宣言が出された日とされる。重要なのはこの「独立宣言文」の中に現在のアメリカが支柱としている精神が盛り込まれていることである。その要点は「基本的人権」・「革命権」・「人間平等論」・「生命・自由・幸福追求権」などにあり、ジョン・ロックの自然法理論の流れを汲むと言われる。だが面白いことに、権利は主張しているものの、それを達成するための政治体制として民主主義を規定してはいないようである。宣言の本文は具体的な「王」(英国王) に対する批判と要求になっている。その意味で、今後アメリカの民主主義体制に対して「革命権」が発揮される可能性を秘めているということになる。

  筆者の見解では、政治システムというものが個人主義に立つことによって意見の百家争鳴が起こる事は必然であると観ており、それを解決するためにアメリカは議会制民主主義・多数決原理を採用した。政策が決定されたあとも批判は自由であり、デモなどの抗議行動も自由である。それは国論の分断を許す状況を独立宣言で自ら作り出していることになる(20.6.3「米国の暴動が示した民主主義・個人主義の劣等性」参照)。事実南北が産業などの違いにより利害関係で対立し、「南北戦争」が起きた。 現在の「合衆国憲法」は独立以来それほど変わっていないのではないかと思われる。前文はたったの2行であり、国家の存立の意味や精神(理念) については述べられておらず、目的だけが簡単に説明されているだけである。本文は「立法部」・「執行部」・「司法部」・「連邦条項」などが述べられているだけである。立法部の規定から議会制民主主義となることは間違いないことである。宗教については触れておらず自由である。

  以上の状況(条件)でアメリカは出発したわけであるが、その過程は上り基調であった。科学技術を独自に推し進めた結果、科学技術大国・経済大国・軍事大国という全ての条件で他国を凌駕した。その過程で奴隷制の廃止・自由民権法の制定など画期的なことも行ったが、それはヨーロッパよりは遅れた。積極的な移民政策を取ったことで、奴隷制の残滓が人種差別意識を今に遺した。白人が経済的支配層にいる限り、今後数十年は残ると思われる。白人はかつてはキリスト教が残存していたことから、ある程度の精神的矜持は持っていた(行動はどちらかと言えば白人相互の互助精神に基づいていただろう)。パイオニア精神は彼らに共通したものであったため、全てにおいて先進的であった。だが世界が隅々まで開発され、フロンティアを失ったことで最後のフロンティアを宇宙に求めた。だがそれも一定の成果を収めたことで、アメリカは再び内向きになったと言えるだろう。彼らは全てが守りに入ったことで、精神的に衰退に向かった(20.11.13「米国の衰退と中国の台頭・日本の役割は?」参照)。それも「超大国」・「超リッチ」というプライドを守ることだけに執着した。白人の中には白人優位主義を守ろうとする時代錯誤な者もいた。

  2001年9月の同時多発テロにより、アメリカは自信を完全に失い、目に見えない敵に包囲されている恐怖に陥ったのであろう。それは市民相互の不信となって表れ、銃器の販売が増加したという。2020年の黒人差別問題の再燃でも、町に銃を装備した自警団が形成されたところもあった。相互不信はコロナ禍でも表れ、トランプ大統領がコロナ軽視発言を重ねたことで、コロナにも罹らない強い大統領のイメージを作ったが、生憎本人がコロナに感染してしまった(20.10.2「トランプのコロナ感染で世界はどう動く」参照)。だが彼はこれに勝利した姿を3日後に大衆に見せるため、感染の恐れを後回しにして公衆に回復した姿を見せた。それは見せかけのパフォーマンスにすぎない。アメリカ自体が衰退していることを隠すために、トランプはあらゆる手法を取った。対中国政策もパフォーマンスとして行われた

  だが驚くべき事に、株価はアメリカの衰退を反映せず、マネタリーベースの増大と比例して上がり続けた。もはや市場ですら国家の状況を反映せず、投資家のやみくもな利益追及手段と化した。それは必ず失敗するであろう。アメリカのメディアは確かにトランプを攻撃しまくった。だがそれがどれほどアメリカ国民に届いたのか、あるいは満足させたのかは不明である。だが今回の大統領選挙を見る限り、メディアが勝利したと言えるであろう。だがメディアもまた、アメリカの衰退を正直に認めているわけではない。彼らはそれを認めることで支持率を失うことを恐れている(20.7.19「メディア不信が募る 」参照)

  状況というものは、上り基調にあるときは全てが好調に向く。だが下降に入ると全てが上手くいかなくなる。言ってみれば負のスパイラル・負のフィードバックというものが働くからである。アメリカがこのまま衰退の原因を正直に認めて改善を図らなければ、それは当分の間続くことになるであろう。一方、米戦略家のエドワード・ルトワックは、「米国の国力は長期的に低下傾向が続いているが、トランプの対中政策を含めた外交戦略は米国の衰退を遅らせることに成功した」と評価している者もいる。

  筆者としては改善のシナリオを持っているわけではない。ただ衰退の原因は明確に理解しているつもりである。その原因は、アメリカがその支柱となるものを見失い、単に経済的利益だけを追求してきたことにある。本来ならば、パイオニア精神を失い、フロンティアを失ったならば、社会の成熟に向かうべきであった。これ以上の利益を求めようとせず、その資力を社会の安定と成熟に掛けるべきであった。言うまでもないことだが、富裕層と貧困層の格差の縮小、そして社会福祉の向上である。だがそれは失業率の増大を招くことかもしれない。競争下にある現状では、社会がこれまでと同じ手法でやろうとする限り、経済原理からしてそのことは避けられないかもしれない。競争に負けることは衰退を一層悲劇的なものにする可能性も大きい

  もしアメリカが本当に成熟社会に向かおうと考えるならば、これまでの自由主義に制限を掛けざるをえないだろう。できればそれを全体主義にまで持っていけばより良いことである。その意味でバイデンが社会主義傾向を持つのは実に良いタイミングである。だが世界の競争下で2位に堕ちるというのはアメリカにとっては耐えられないことであり、それを実現しようとしても恐らく不可能に違いない。そう考えるとアメリカの衰退は避けることができないことから、今この時に追いつこうとして焦っている中国と対決して雌雄を決するしか他に道はないことになる今ならばまだ勝機は残されていると考えるからである。


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