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【時の言葉】外出を控え、資源消費を減らそう(2022.6.20))

【時事評論2020】

先進国の中国に対する戦略の行き詰まり

2020-09-22
  近代の歴史を俯瞰してみると、それは技術史的にみれば、古代の王族による技術の独占・近代の工業化と特許制度による産業の資本化・大量生産化から生じた技術の拡散・市場獲得競争から生じた中国への技術移転・中国による技術の盗取と言う流れが見られる。19世紀から20世紀に掛けて先進国であったヨーロッパは第一次世界大戦・第二次世界大戦という愚かな戦争によって技術を発展させたが、経済・インフラの消耗も招いた。一方戦場にならなかったアメリカは第二次世界大戦によって技術的にも経済的にも勇躍することになり、「世界の警察官」と呼ばれるまでに覇権を拡げた。大戦後には技術力がさらに向上し、IT革命の到来によって従来の産業構造が変わるとともに、アメリカが世界を経済的にも軍事的にも制覇した(GAFAの台頭)。その理由は、アメリカは新大陸で民主主義国家として成長したために、古代の王制・独裁体制を経験していないことにあった。その民主主義の理念は広く世界に受け入れられたため、資本主義という侵略武器を使って世界を安定的に支配できたのである。それには自由貿易主義という前提が必要であった。だがその過程で欧州から引き継いだ奴隷制を放棄せざるを得なくなり、それが一因となって独立戦争(外戦)・南北戦争(内戦)という2つの戦争が起こっている。
 
  第二次世界大戦末期にアメリカは原爆という最終兵器を開発した。それは戦後の世界の支配を決定づけるものとなったが、ドイツ人科学者からの技術盗取によって旧ソ連もまたその技術を確立し、アメリカを凌いだ。必然的に米ソの対立が生じ、冷戦という形で長く続いた。だが自由主義が独裁主義に勝っていたため、これまた必然的に競争の結果ソ連は1991年に自滅した。だがその間、共産主義を引き継いだ毛沢東は国民党との内戦に勝利し、ソ連と並ぶ共産主義国となった。だが路線対立から毛沢東は独自の道を歩み、ソ連と対立した。この頃の中国は非常に貧しく、技術も持たない後進国であった(1949~1971年代)。だが1957年にフルシチョフとの密約により核兵器技術を手に入れ、1959年には支援していたソ連を裏切ったために技術移転は停止されたが、1964年には核実験に成功し、世界で5番目の核保有国となっている。
 
  だがここで、欧米先進国は欲を出した。共存できないと考えていたソ連・中国を封鎖して弱体化を待っていたが、ソ連は自滅したが中国は残っていたことに目を付けた。毛沢東が去って鄧小平の時代に入ったという事情もあった。弱小大国である中国は武力的には相手にならなかったが、経済的には飛躍的発展の可能性があると観たのである。つまり膨大な市場に目が眩んだのである。一早く1971年7月にアメリカのニクソンが中国との国交を開いた(【時事通信】≪アメリカ≫1971.7.15記事・【時事評論】20.7.16「自由主義と民主主義の破綻」参照)。日中戦争の負い目を感じて贖罪意識を持っていた日本も1972年9月にこれに続いた。アメリカと日本による技術移転は借款という資本貸付もあったが、事実上無償で提供された。頭の良い中国人はこれを速やかに吸収し、国力は見る見るうちに強大になっていった。だがこの頃はまだ欧米・日本は中国が将来自分達の技術を上回るということなど考えたこともなく、まして経済力が上回るということも想像していなかった
 
  先進国が誤ったのは、民主体制への転換を迫ることなく自由貿易主義を中国に適用したことである。それが中国のWTO加盟につながった(【時事通信】≪中国≫2001.11月記事参照)。当時中国はあらゆる面で加盟国としての資格を備えていなかったにも拘らず、西側諸国は中国との貿易による自国の利益増大を優先させた。それは先進諸国における市場獲得競争につながり、それを中国は利用して都合の良いように操った。これは慣習化し、中国は今でも理不尽な要求を平気で押し付けている。拒否すれば中国の市場から締め出される恐れがあり、中国はそれができる独裁国家なのである。最近のオーストラリアとの係争にこれが顕著に表れた(【時事通信】≪中国≫2020.4.23記事参照)。西側(この表現が適切かどうか分からないが、便宜上使わせていただく)は中国のいいなりに技術供与を迫られてきた。中国が世界制覇の野望を抱き始めたのは恐らく2000年頃であったろう。巨大な市場を背景に、世界の工場としての躍進が決定的になった頃である。
 
  2020年になって技術的に中国が世界のトップに躍り出たことが鮮明になってきた。学術論文の数でトップになったのである(【時事通信】≪アメリカ≫20.8.7記事参照)。但し重要論文に限ればまだトップではない。中国政府は基礎研究には余り熱心に投資しておらず、利益に直結する技術に投資を集中しているからである。2008年から始まった「千人計画」では海外からアメリカ人など外国人も含めて巨額の援助を与えて技術盗取を開始した。すでにアメリカ人科学者がアメリカで訴追されている。2015年5月に発表された「中国製造2025」にこれが端的に表れている。ノーベル科学賞でも中国人は極めて少ない(「生理学医学」部門で1人だけ)。だが科学技術の分野でも中国系アメリカ人の名前はあらゆる分野で頻繁に目にする。問題がここにある。中国系アメリカ人などの研究者がアメリカ側にだけ貢献しているわけではないことである。中国は海外の中国人研究者・留学生に技術を提供するように迫っている。それはカネや名誉で行われることもあるが、中国籍の場合は「国家動員法」・「国家安全維持法」などによって、海外在住者に対して強制的に技術盗取の命令を下せるからである。
 
  驚くべき事は、民主主義では原則として差別を禁じているため、民主的先進国では独裁社会主義国家中国からも多くの研究者を受け入れている。日本ではわざわざ国が留学生を国費留学生(留学生の国が学費を出すのではなく、日本が提供する)として中国から多くの奨学生を招いている。筆者の友人もそのような一人であった。原爆を開発したロスアラモス国立研究所は現在でも核兵器開発やテロ対策など合衆国の軍事・機密研究の中核となる研究所であるが、同時に生命科学・ナノテクノロジー・コンピュータ科学・情報通信・環境・レーザー・材料工学・加速器科学・高エネルギー物理・中性子科学・核不拡散・安全保障・核テロを抑止する核緊急支援隊の育成など、さまざまな先端科学技術について広範な研究を行う総合研究所でもある。そしてこのような軍事機密に関わる研究分野がある研究所に、多くの外国人研究者を受け入れており、勿論その中に中国人研究者が多く存在する。2015年にはアメリカ国立衛生研究所が武漢ウイルス研究所に対し、研究委託として370万ドルの資金援助をしており、これは回りまわってアメリカに甚大なコロナ禍をもたらした(【時事通信】≪コロナ関連≫2015年記事参照)。 2019年3月にはカナダ国立微生物研究所(NML)で研究していた中国人研究者、邱香果(Xiangguo Qiu)とその同僚の夫・她的丈夫(Keding Cheng)が盗み出したコロナウイスルが中国人エージェントによって武漢の研究所に密輸されるという事件が起きている(2.7「中国の生物兵器がコロナウイルス・パンデミックの原因」参照)。2020年1月にはアメリカ人科学者が中国の「千人計画」に関わったとして起訴された(【時事通信】≪アメリカ≫20.1.28記事参照)
 
  中国最貧国をカネとモノ(資本導入・医療支援・ワクチン優先投与)で縛りつけ、先進国と対等に対峙する姿勢を見せ、反抗に対しては厳しい制裁(人質・拘束・輸出入制限・法改悪)で臨んでいる戦略が成功するとは思えない。先進国にはそれなりのプライドもあり、つい20年前まで発展途上国であった中国にのさばられるのはいたたまれないことである。イタリアでもコロナ禍前に中国人が高級ホテルに押し寄せ、文明人とは思えない行動をすることにホテル従業員も嫌気がさしていたが、商売のためにはやむを得ない我慢を強いられていた。それはどこの国でも同じであり、中国人の怒涛のような観光浸食や産業浸食(イタリアでは繊維産業が乗っ取られた)、そして中国の各国への傲慢な専横を、このままではマズいと感じている人が圧倒的に多い。EUも経済と中国による侵略の間で対中戦略が行き詰っており、過去の貿易で中国から技術移転ばかり迫られて盗まれてきた欧州としては、やりきれない諦めと焦燥感が渦巻いている。
 
  2020年9月14日のEU・中国首脳会談では7年越しで行われてきた投資協定が話し合われたが、中国は人権問題で一歩も譲ることは無かった。内政問題に干渉するなという態度である。EUのミシェル大統領は会談後、「われわれは中国に利用されない」と語った。かつて19世紀には世界の科学技術をリードしてきた欧州は20世紀にアメリカに追い越され、21世紀には中国にも大きく後れをとった。5G・AI・エネルギーの分野ではその差は大きく、米国に倣えば問題は解決するが、価格競争という問題から逃れ切れていない。中国は今や市場開放から保護主義の方向に向かいつつあり、欧州の要求を飲む理由が無くなっている。特に中国はコロナ禍にさなかに態度を豹変させたと言われている。それは医療用品のサプライチェーンを中国が握っていたからである。アメリカでさえ医薬品の8割を中国工場での生産に依存していた。中国は医薬品等をEU各国に贈り、「感謝せよ」と迫った。この居丈高な態度に欧州では一様に中国の評価が下がっている。だが中国を排斥せよというまでには至っていない。それは如何に欧州が中国に経済的に支配されているかを物語っている。
 
  アメリカのトランプ大統領は2020年5月29日に、中国に対して「新冷戦」を宣言した。そしてWTOからの脱退も表明した。だがそれは空威張りのように聞こえる。開き直り、やけくそ、という方が適切かもしれない。中国に支配された組織から逃げ出すというのである。国連はそのうち中国に支配されかねない。なぜこんな事態になってしまったのかと元を正せば、アメリカが先導して資格のない中国をWTOに招き入れたからではなかったのか中国を甘く観たのがそもそもの間違いであった。ソ連と同様封鎖(中国との冷戦)を続けていれば、このようなことは起こらなかったに違いない。アメリカは今さらのように2001年に舞い戻ろうとしている。だがたった19年間の間に中国はアメリカと肩を並べた。果たしてアメリカの中国封じがうまく機能するのかも定かではない。それはトランプが中国同様常軌を逸した手法で世界を相手に挑戦的になっているからである。それも国家大計に基づいた深謀遠慮によるものではなく、単に選挙に勝利するためであるというから情けない。それでは今後の見通しすら定かではないことになる。そのようなトランプにEU諸国がついていけるわけもなく、日本も全面的に後押ししていくこともできない。もしトランプがもっとましな大統領であったならば、西側は一致して中国封じ込めに立ち上がることができたかもしれないが、独りよがりなドイツが障害になるかもしれない。ドイツは第一次・第二次世界大戦の原因を作った国であり、今回こそはまっとうに世界に模範を示してもらいたいものである。
 
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