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【時事評論2020】

性的魅力を売るのはごく自然(3135文字)

2020-12-25
  12月12日、米ニューヨーク・タイムズ紙はニューヨーク市でコロナパンデミックと闘う23歳の救急救命士、ローレン・クウェイさんの記事を掲載した。救命士の給料だけでは食べていくことができないので、日々の生計を立てるためにクウェイはセックスワーカーの間で人気のプラットフォーム「OnlyFans」にアカウントを立ち上げて、家計の足しにした。つまりヌードを公開したのである。ニューヨーク・ポスト紙のディーン・バルサミニ記者とスーザン・エデルマン記者はこのことを批判する記事を書いた。救命士としてフルタイムで働きながら裸の写真をSNSにアップするとはプロ精神に欠けるのではないか、という主旨だった。だがネットでは人気Podcastのファン専用Facebookページが彼女の弁護に回ったことで、ソーシャルメディア上では大勢がクウェイを支援し、ただ生活費を稼ごうとしている人を槍玉にあげたポスト紙を厳しく非難したという。

  このニュースを見て、少なくともアメリカのネットユーザーの中では、セクシャルワーカーへの偏見が無くなりつつあるのではないかと思った。最初に記事を書いたのはどうも名前からして女性記者であるようだが、女性ほど同性に対して厳しいということはよく言われることである。だがその彼女らの常識はどうも今日のネットユーザーには通じなかったようである。

  クウェイは「(2人の記者は)私の面目をつぶすためにあの記事を書きました」と言う。5年前、18歳の時にウェストバージニア州からニューヨークに引っ越してきたクウェイは、「でも代わりに、ニューヨーク市の救急医療サービスのスタッフの給料が不十分で、大半の人が仕事を2つ3つ掛け持ちしたり副業したりして、世界一物価が高い街でなんとか暮らしている姿が明るみになりました」と語る。確かに彼女の告白はアメリカのすさまじいばかりの競争社会や、公的機関に勤めている人さえ満足な生活が送れないという現実を日の目に晒した。その驚くべき事実を以下に書き留めたい。そして仕事とは何なのかという根本的問題に迫りたいと思う。

  彼女は昔からずっとブロードウェイの舞台に立つのが夢だった。そのためアカデミーに2年間通い、2017年にオーディションを受け始めたが、求められることが高いわりには、見返りが少ないことに気付いた。運よく役をもらえたとしてもせいぜい1週間の夕食代ぐらいしかもらえない。コネがすべて、愛想よくふるまうことがすべてであった。そうした中から性的要求に応える人も多い。「Me Too !」運動は起こるべくして起こった問題である。彼女はこの仕事に向いてないと実感した。そした感じたのは、「自分が社会に十分還元できてない」と思ったことであるという。そこで父も母も医療従事者であったことから、2017年に救急医療技師の学校に入り、2018年には救急医療技師として実習を始めた。「1年間はすごく楽しかったです。でも救命士のほうが給料もいいし、もっとすごい仕事ができるという話をを聞いて、救命士の学校に行くことにしました」と言う。 

  2020年2月に卒業し、いきなりパンデミック真っ只中のニューヨーク市で救命士としての仕事に就いた。だがそれは想像以上に厳しいものであった。今年は少なくとも3人、ニューヨーク市の救急医療スタッフが自殺したという。おそらくパンデミックの影響だと考えられている。男の救命士は銃で自殺した。誰も彼の心のうちを知らないままであった。クウェイは「私たちも知らないだけで、そういう話はたくさんある」という。患者の家族に、「救急車に同乗することも、病院内に入ることもできない」、と告げることは心苦しいことであった。家族が、「顔を合わせられるのはこれが最後になるのだろうか」、と互いに見つめあう様子を思い出すという。

  彼女自身昔からずっとうつ病に悩まされていて、最近は不安症も抱えている。「自分が元気じゃないと患者さんの世話をすることなどできないのは分かっています。だからすごく苦労しました。もともとすごく人に共感しやすい質なので、自分の救急車で人が亡くなるのを見るのは本当につらかった。でも感染者数はひたすら急増するし、大勢が亡くなって、誰も手の施しようがなかった。当時はルームメイトと一緒に住んでいたんですが、ほとんど顔も知りませんでした。さんざん働いた後、誰もいないアパートに帰ってひたすら泣きました。すごく淋しくて、その日自分が目にしたことは誰にも話せない、という気分でした。人が死んでいくのを見守るしかできないんだ、と自分が無力に感じました」と語った。 

  孤独感や無力感のせいで、今年に入ってから何度も自殺願望に悩まされた。ふと気づくと、こんなに傷ついたり悲しい思いをしてまで、なぜこの世に生きてなくちゃいけないんだろう?と考えたりもした。ニューヨーク市は世間から忘れ去られてしまったんじゃないか、政府からも忘れ去られ、自分たちだけ取り残されたような気分だったという。 だが彼女の勤務時間は週に30~40時間だという。ごく普通の勤務であり、残業はないようだ。コロナ禍に遭遇している医療従事者の状況はもっと厳しい。すでに精神的にも肉体的にも限界を超えていると告白する人が圧倒的に多いと言われる。そのような中ではまだ恵まれている方なのだろう。

  セックスワークを知ったのは女友達からだという。副業として稼ぐにはいい方法だと思った。最初は偽名とかを使って始めたが、ろくにフォロワーがいなかったのでコンテンツを買ってもらうのはとても苦労した。隠し事をしてることが嫌いだったので、もうどうにでもなれという感じになった。仕事に影響があるかもしれないという不安があったが、結構な小遣い稼ぎになっていた。本当にお金が必要な時には、助けられたことも多いという。 驚くべきことに、多くの医療従事者が副業をしているという。女の場合には彼女のようにセクシャルワーカーとしての副業もある

  彼女はほぼ全てのことに関して、他人や自分を傷つけない限り、好きなことをすればいい、という考えだという。「他人がとやかくいうことじゃない。同意の上で売春したいという人がいるなら、私も全面的に応援します」とも言う。彼女は具体的にいくら稼いでいたかは明かさないが、「間違いなく助かった」と語る。食費や家賃でお金が必要な時とか、家賃や光熱費などを払って銀行口座にお金が一銭も残ってないときとかに、ネットでヌード写真を売って稼いだ分で食費が賄えことに救いを感じているようだ。 

  人は自分の能力や体力、そして身体を売って糧を得ている。事務能力がある人は事務職に、政治力がある人は政治家に、体力がある人は農業や土方としての仕事に就くことができるし、そうした職業はいくらでもある。だが性的能力や性的魅力を売ることはこの世界では好ましいとはされていない。それは性と言うものをタブー視する常識があるからである。それをタブー視してきた世界は今、かなり常識が揺らいでいる。このタブーを打ち破ろうとする動きが多く見られるからである。「職業に貴賤はない」という言葉の中にセクシャルワークが入るかどうかは分からないが、能力を売ることによって仕事が成り立つという原則だけを考えれば、古代の女性の最初の職業とも言われる売春などを含めることは必要であろう。筆者は職業に貴賤はあると考えるが、未来世界においてはセクシャルワーク(ポルノ出演・売春を含む)は新たな価値を認められると考える。それは人を喜ばし、社会に貢献する職業だからである。要は職業の価値は人が認めるかどうかに掛かっている。


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