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【時事評論2020】

人類の好奇心と冒険心(その1)(3189文字)

2020-12-24
  人類が大脳を発達させたことも大きく影響していると思われるが、人類は非常に好奇心と冒険心に溢れている。動物にもそれは見られるようだが、その方面の研究を知らない。筆者の経験はそれを予感させるが、以下で比較・検証してみたい。また人類のこの好奇心と冒険心が世界の民族(日本人を含む)を生み出したのかも知れないという。そしてそれが性ホルモンによるのかもしれないとも言う。12月17日(木)のNHKが放送した『ヒューマニエンス ”思春期” リスクテイクの人類戦略』を見て、これまで考えてきたこととの絡みもあり、テーマとして取り上げることにした。
 
  筆者が経験したことというのは、倉庫に米袋を保存していたときのことである。2袋の大袋をコンクリートの床の隅に置いていたが、そこにコクゾウムシが湧いて、床一面に放射状に広がっていた。今でもぞっとするような光景であった。まだ米が沢山あるのに、なぜこの虫は何も無い方に向かって放射状に広がっていこうとするのか、というのが大いなる疑問であった。もしかしたら虫にも冒険心があって、未知の場所への冒険をしていたのかもしれない。餌が尽きたから他を探そうということでなかったことは明らかである。
 
  人類は寒冷期に1万人程度まで減少したと言われており、それが理由かどうかは明確ではないが、その地に留まる者と他の場所を目指した者とに分かれた。初期人類はアフリカのタンザニア辺りの大地溝帯近辺に誕生したと言われているが、そこから東西南北に向かったとすると、南に行った者が南アフリカの喜望峰で行き止まりになり、北に向かった一群が中東を経てヨーロッパとアジア方面に散ったと見られている。数万年を掛けて黒人・白人・黄人などの肌や体型の異なる人種・民族が生まれていった。最初に出て行ったのは年長者を伴った若者の集団であったと考えられる。現代に残るアフリカの狩猟採集民であるサン族では、若者が集団で狩りに出かける風習があるが、彼らは未知の場所を好み、大人は収穫の見込める既知の場所に行くことを好むという。
 
  人は思春期(11~18歳)になると精巣・卵巣から性ホルモンを分泌し始め、これが脳の偏桃体側坐核に働き、偏桃体からは怒りや悲しみなどの感情が生じ、側坐核からは欲求やリスクを好む行動が起こるという。男において男性ホルモンが出てくるのは11歳以降であり、それまでは脳を成長させることが優先されている。性成熟は身体の成長を促しそれが止まる頃に成長も止まる。だが現代生活はこのリズムを崩しており、反抗期のない男の子・独立できない男の大人などを生んでいるとも言われる。女においては女性ホルモンの出方は男と異なり、大きな波動を描きながら上がっていき、閉経前後から急激に落ちる。これは生理という現象に伴う変化であり、女ごころを複雑にする要因ともなっている。また「思春期」を養育される側から養育する側への中間期とみると、現代人の思春期は30歳頃まで伸びているとも考えられるようになった。これらの変化は生殖のための相手探す行動に結びついているが、同時に好奇心や冒険心も生んでいる。チャンスが少ないところからチャンスの多いところを求める行動であるとも言える。それは命掛けのリスクを伴うが、それが人類を世界に拡大させた要因ともなった。
 
  近年では脳科学からの解明も進んでいる。神経細胞は枝を伸ばして次の神経細胞に繋がっているが、その神経線維はミエリン(鞘)で囲まれている。ミエリンは脂肪が主の物質であり、これが繊維の周りに巻きつくことで情報伝達が速くなる。それは脳の能力が向上することを意味する。ミエリン化が起こる神経線維は大脳の内側部分であり、このミエリン化で思春期が終わると理解されるようになった。若いときは原始脳である脳の中心部の側坐核や偏桃体に影響されやすいが、大脳に繋がる神経線維にミエリン化が起こると大脳(理性的判断・計画)の制御が強く働くようになり、それが大人になるということに繋がるのだという。ミエリン化の度合いは fMRI で調べることができる。12歳ではミエリン化が進んでいるのは一部であるが、20歳では大脳のほぼ全域がミエリン化が進んでいる。最初にミエリン化が始まるのは手足の動作に関する部分であり、小さい子でも器用にバランスを取ることができるのはそのせいである。ミエリン化が進むと複雑な計算や抽象概念の理解ができるようになる。このミエリン化がほぼ終わるのは30歳頃だという。
 
  ミエリン化のメリットは、ある事態に対応してそれをルーチン化された経験反応に基づいて行動できることである。だがデメリットとして融通が利かなくなるという面も併せ持っている。幼少の頃にまだミエリン化が始まる前に、たとえば多くの言語に晒されるとその回路が沢山できるため、ミエリン化が始まると一気に多国語を同時に話せるようになると言う。逆にいえば、大人になってからの学習や練習は極めて習得が遅いが、サルの行動との比較から、人の脳にはいつまでも柔軟性があると長谷川は考える。 言ってみれば、「若者はハイリスク・ハイリターン、大人はローリスク・ローリターン」の行動様式を取っていると考えられる。明治維新の20代の 志士らは思春期にあったと考えられる。面白いことに、太古から現代に至るまで、思春期の終わり方は変わらないとされる。だがそれに根拠があるのかどうかは番組では示されなかった。人類のグレートジャーニーは人の思春期の賜物であったと結論している。俳優の織田裕二は弱い者が追放されて新天地を開拓したという説を持ち出した。進化人類学者の長谷川眞理子は人類が全世界に広がったのは好奇心によってであると考えている。筆者も長谷川と同意見である。
 
  長谷川によると、野生のチンパンジー(オス) の生涯の行動範囲は10平方キロであるが、南米のアチェ族の男は1500平方キロに及んでいる。これからも人類の好奇心の強さ、冒険心の根拠を観ることができるだろう。人類が日本に渡ったのは氷河期で台湾が大陸と陸続きであった頃であるという。琉球列島の与那国島まで100キロの海があり、しかも黒潮という南から北に流れる強い潮流があった。漂流によって流れ着くことは考えられないという。これを越えるのはかなり危険であったろう。台湾の山の上から与那国島がかすかに見える。人はこの島に行ってみたいという冒険心に駆られたのであろう。だがそれは男だけで成し遂げられたとは考えにくい。最初から女を伴って渡ったと考えられ、それは若い男女であったに違いない。考古学的には3万~3万5千年前から突然琉球列島に人が住むようになる。それは人が海を越えてきたことの証左であるという。日本人学者らが2016年からこの古代人渡航の再現実験を開始し、2019年に丸木舟で5人が40時間以上漕ぎ続けて渡航に成功した。
 
  人類の好奇心・冒険心が人類を世界に拡散させたことは間違いないことであろう。最初に述べた筆者が経験した事例から、動物も拡散本能を持つと思われるが、人間にはその本能を実現に変える能力と動物にはほとんど見られない強い好奇心(動物にも幼少の頃には好奇心がある) がより広大な地域への拡散を可能にしたのであろう。それは人類の繁栄という視点からみれば称賛されるべき事柄であるが、筆者はここでふと疑問を抱いた。既に地球に飽和したかのような存在になった人類は、その好奇心の対象を宇宙に求めている。だがその好奇心による探求が莫大な予算の消費を伴っており、それはひいては地球環境の破壊につながっているのではないかという疑念、そして大量のロケット発射による廃ガスが大気のオゾン層破壊につながるのではないかという懸念、があるからである。この問題については長くなるので次項に引き継ぎたい。

 
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