【時事評論2025】
生命システム誕生の奇跡
2025-12-08
「生命」というものをどう捉えるかという課題に対しては多くの解釈が成り立つだろう。ノムはその1つの解釈として、「システムという観方」を取り上げたい。システム(系)というものにもいろいろなものがあり、いろいろな解釈があるが、「系」として捉えた場合には、閉じられた空間という概念が思いつく。そこにはエネルギーと物質のインプットがあり、膜という空間を閉じる境界があり、その境界を通してエネルギーと物質が出入りする。出る方のアウトプットもエネルギーと物質であり、その生命体の中で行われる化学反応・生理反応を「代謝」という言葉で表現することができる。そしてこの生命システムの最大の特徴は、熱力学的に言うとエントロピーを下げる方向に働いていると考えることができる。これは一般の物理法則でのエントロピー増大と反するものであり、簡単に表現すれば、秩序が生まれていると解釈することができる(24.9.18「秩序形成論」)。これは物質の持つ自己組織化の究極の産物であると見做すことができるだろう(21.6.9「自己組織化」)。
生命は外界からエネルギーと物資を取り入れる必要がある。或いは物質だけを取り入れて、代謝の中でエネルギーを作り出す場合もある。一般的には外界の圧力と温度によって、生成される生命体の態様は大きく異なる。高圧と高温では生命体は生成しにくいが、一旦生命体が生成すると、高温・高圧に適応することはある程度可能である。ウイルスという最も単純なものは、かなりな高圧・高温に耐えられるものがあるようだ。超好熱古細菌ウイルスやHsRVなどは70℃以上で存在できる。極限環境微生物と称される。超好熱性古細菌は1970年代に各地の熱水中から見つかった。好熱菌の中でも80℃以上でよく増殖するものを超好熱菌と呼んでいるそうだ。深海由来のものや100℃以上で培養できるものは全て古細菌である。古細菌は生命進化の初期に分化して、1つのドメインを形成している。現在生存しているすべての生命の祖先を「LUCA」と呼んでいるが、一般的にはLUCAから真正細菌・古細菌・真核生物が分化したとされる(21.6.10「生命系の誕生とその応用」)。その下の界には動物界・植物界・菌界・アメーボゾア界がある。人間界は動物界の1つの要素であるが、これが生命界全体に大きな影響力を持つようになった。
全ての生命システムにはインプットとしてエネルギーと物質の取り込みが必要であり、代謝でエネルギーを生み出せない原始的生物は外界の高熱や高圧を利用していたと考えられる。生物の進化の過程で、エネルギーを細胞内で作り出せるミトコンドリアが多くの細胞と融合することで、真核生物が生まれた。ミトコンドリアは餌となる物質と酸素を反応させて分解し、その分解からATPという重要なエネルギーの基を作り出す。ミトコンドリアと融合した真核生物はもはや、外部エネルギーに依存しなくても済むようになった。これは生物の適用環境の拡大の可能性を広げた。生命システムが地球上のあらゆる場所で存在可能になったのは、エネルギーを独自に作り出すことが出来るようになったからである。
機械という人間が発明したシステムでも、同様にエネルギーの供給が必要だが、物質の供給は無くても構わない。構成体の代謝がないからである。何かを生産する必要が無い機械は、単に動くだけでその機能が果たされ、有用なものとなっている。自動車はその典型で、ガソリンというエネルギーの元を与えるだけで動き、輸送という重要な役割を果たしてくれる。人間が同じことをしようと思ったら、エネルギーを生み出し、成長を支える食べ物を食べる必要がある。だが、人間力は小さいようでも、数を集めることでピラミッドを造ることもできる。機械をいくら集めたところで、機械には意志がないから、ピラミッドを造ることはできない。
最近になって、機械がAIを組み込んだことで、自律的な動きができるようになった。これにより生命システムに一歩近づいたと考えるのは短絡的であろう。機械は相変わらずエネルギーを効率の良い形で与えなければならないからである。機械に餌としてバナナを与えて動くようになることはない。映画「バック・ツゥー・ザ・フューチャー」では改良型デロリアンは食物ゴミで動くようになっているが、それはあり得ないことである。その意味で、生命システムというものが如何に素晴らしい発明品であるかが分かろうというものである。その発明者は「自然界の自己組織化という原理」であった。生命は常温で複雑な化学反応を起こすことができる、実に効率の良いシステムである。未来の化学産業の多くが、生命、または酵素としてのタンパク質を利用した効率の良いものになっていくであろう。ただ、一般の化学産業の原材料が非常に単純な化学物質であるのに比べて、未来の生命化学産業では複雑な原材料が使われることもあって、副産物が多種多様あり、必要な物質だけを取り出す精製過程が必要になり、全体としては極めて効率が悪くなることも予想されるので、過剰な期待はすべきではないであろう。
機械システムの改良は容易だが、それには多くの開発時間と費用が掛かる。生命システムの改良は複雑で極めて難しいが、自然界では「試行錯誤」の連続による大量死の中から偶然生まれる最適化生命の誕生(進化)で改良が為されていく(21.6.7「生命進化は巨大な犠牲の上に成り立つ」・21.6.8「新・進化論」)。それはある意味では偶然の産物であるが、深い意味では必然の産物でもある。すなわち生命は、「地球の自然環境」という与えられた条件が生命を生み出す条件に適っていたため、必然的に自己組織化を起こして生じたのである。その意味では生命システムの誕生は奇跡とは言えないが、やはり人間の目からすると、「奇跡的な出来事」のように思えるのである。そしてそれを人間は同じようには生み出せないが、既にある生命を使って模倣することはできるかもしれない。それは既に日本の山中伸弥によって発明されたiPS細胞によって、部分的模倣が可能になっている。人工臓器は既にいくつか実用の域に入ってきており、皮膚細胞からクローン人間を創ることも原理的には可能だと言われている(22.11.29「臓器移植の是非」)。そして人間は、神の能力を手にした今、それを使うべきかどうかに悩んでいる。しかし開発された科学技術が使われなかった事例はこれまでになく、人間は適切で強力な制御の下に、生命システムの応用に進むしかないであろう(21.1.7「制御思想」)。それが人間が抱える最大の課題となっている。
(10.31起案・起筆・12.8終筆・掲載17:10)