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【時事評論2025】

民主主義はオブラート

2025-07-29
  ノムは民主主義は集団幻想であると説いてきた(21.1.4「民主主義は集団幻想」)。そう断定したのは4年前であるが、既にトランプ政権第1期目の終わりころであった。以前からそう考えてきたが、トランプ政権誕生で確信を強めたことで、明確な主張として打ち出した。この主張は時代を超えた普遍的原理であると考えている。その根拠を改めて示すとともに、民主主義が今でも、人々に幻想を与え続けている理由として、民主主義の理念がオブラートのように、物事の本質を覆い隠して、人々に甘美な幻想をもたらしているからだということを付け加えたいと考えた。

  民主主義が歴史的に誕生した必然性と、その本質が対立を生み出すものだということを、以下に列記してみたい。最初に歴史的経緯を概観してみたい。

 《 民主主義誕生の経緯 》

1.人類は他の猛獣との生存競争の中で、集団で知能的闘争をすることで勝利してきた。
2.人間の勝利が確立すると、今度は人間界内部の闘争が始まり、それは知能の大きさ(技術)と集団の大きさで勝敗が決まった。
3.集団内での統率を取るために、権威主義が用いられた(シャーマン・祭祀・王)。
4.集団内の権力争いとして生じた対立に対しては、弾圧と粛正が常に行われた。
5.権威主義の時代に有効であった武力による権威は、工業化とともに揺らいでいった。民の経済力という力が増したからである。
6.近代になって、民の意志を重視する民主主義の理念が優勢になり、近代化した国でその思想が定着していった。
7.共産主義思想は経済における階級闘争思想として生まれた。民(プロレタリアート)を主人とするという思想は世界に広がったが、根底にある権力闘争を克服できなかったために限界を迎え、ついに自由主義経済によって滅ぼされた。
8.権威主義は一時力を失っていったが、民主主義の矛盾も同時に表れ始めたので、両方が共存する時代に入った。

 《 民主主義の根源的矛盾 》

1.てんでんばらばらな民の意志を優先させようとすると、かならず不満層が生まれる。
2.自己利益を求める愚衆である民が選んだ政権同士は必ず敵対的になる。
3.国家同士に利害対立が生じると、必ず戦争になる。
4.特に宗教的・イデオロギー的対立には解決法がない。
5.国家内にも意見の違いで分断が生まれる。
6.民主主義は欲望主義とも言え、欲望から生まれる競争に走る。
  (24.7.22「人間の欲望の拡大」)
7.欲望に際限はなく、人間活動を最大限に活発化させる結果、生存環境を破壊する。
   (24.9.16「人間の欲望の反自然性」)
8.民の活動に制限を設けると、それが科学的根拠に基づくものであっても必ず非難される。
  (21.1.7「制御思想」)
9.民主主義の歴史はたかだか数百年程度であり、闘争の時代の方が圧倒的に長い。
10.古代ギリシャにおける民主主義は似非民主主義であり、根本的にみれば階級主義であった。

  以上の観点から、民主主義は時代の潮流として生まれたが、その理論に根拠が無いことから、長く続くことは考えられない。歴史もそのように動いており、民主主義をリードしてきた米国にその矛盾が端的に現れている。現代のトランプはまさに独裁を目指しており、王になりたいと考えている。時代錯誤なように見えるが、もっと賢く振る舞えば、米国民の圧倒的支持を得られるだろう。だがそれはナチズムの再来に酷似している。異なるのはユダヤ人を排外するのではなく、逆にユダヤ人を異常に擁護しようとしていることにある。民主主義の発祥地である欧州でも、先進国などで難民・移民問題から極右化という排外主義が生まれている。これはシステムの安定という観点からすれば当然の動きであり、民主主義の原理主義に基づく理念からすれば排外主義は悪であるが、システムの安定性を重んじる社会主義的観点からすれば、民族は統一的である方が安定であり、合理性があると言える(21.5.25「江戸時代のシステムと未来世界のシステムの比較」)

  一方、時代が権威主義に傾きつつあることは事実ではあるが、過去のような権威主義に戻ることはあってはならないし、そうはならないだろう。過去に成立して安定を誇った権威主義は、もう既にその時代背景という根拠を失っているからである。だからといって、現代の混迷を深めた時代の中に、新たな世界観が提示されているわけではない。民主主義に取って代わる思想として、「ノムの真社会主義」、もしくは「未来世界の世界観」はまだ世に知られてはいないが、唯一の将来目指す世界観であると言えよう(20.11.28「未来世界の経済を考える」・20.12.23「真社会主義」・25.1.18「未来世界の国家外交」)

  こうして観てくると、民主主義はその理論に根底的・根源的矛盾が内在しているにも拘わらず、その幻想に酔いしれて肯定している人々が圧倒的に多いのが事実である。他に選択可能な思想が無いこともその一つの理由であるが、民主主義の下で安定的かつ自由な生活を享受している人が多いことがその最大の理由であろう。だがそうした人々が、現代の戦争の頻発や難民問題に直面した時に、それらの解決法を考えようとせず、自己利益の保全に走っているというのが現状ではないだろうか。世界の右傾化という現象は、トランプの言う「自国第一主義・自己利益第一主義」に共通しており、トランプは臆せず堂々と主張しているだけである。その意味で世界各地にトランプ支持派は必ずいるのであり、それは民主主義という脆弱な社会システムに飽き足らなくなった不満層に多い。

  トランプという特異な人物が、世界の民主主義の模範と言われた米国に現出したこと自体が驚きであるが、それはある意味で必然であった民主主義の先頭を歩んでいた米国が、民主主義の矛盾を最初に味わっているからである。それは経済競争における敗北という形で表れている。具体的に言えば、貿易赤字である。トランプは関税障壁を設けて貿易赤字を減らそうとしているが、それは自分の首を真綿で締める結果をもたらすだろう。グローバリズムを牽引してきた米国は、最先端の領域では大儲けしてIT産業を興隆させたが、その反面基盤工業では価格競争に敗れて衰退した。自動車産業はその象徴となった。トランプは民主的施策を破棄して、「無駄を省く」という理由の下に、米国を支えてきた頭脳から職を奪い始めている。それは優位性をもたらしてきた唯一の知的財産を放出していることになる。数十年先には、米国は麻薬中毒患者で溢れるゴーストタウンと化すだろう。

  この流れは皮肉なことに、世界の中で経済競争に敗れたソ連が崩壊したのと似たものになっている。自由競争の覇者であった米国が、自由競争の果てに中国に敗れ、日本やEUにも敗れている。その結果としてスーパーから食料品が無くなる時が来るかというと、そういう事態にはならないだろう。自由競争下にあるかぎり、価格は高騰しても品物は入ってくるからである。だが価格高騰は結果として米国民に不満をもたらし、それはデモや暴動として現われる。現在はまだそこまでに至っていないので、散発的なデモに収まっているが、米国の中堅層が生活難に陥った時に、それは明瞭な形になって表れるだろう。

  米国が民主主義を放棄しつつあるのは明瞭である。トランプの強引な大統領令による政策決定は明らかに民主主義に反している。だが国民はそれに大々的に抗議しているわけではない。個別の政策に対するデモはあるが、トランプ手法に対するデモではないからである。トランプは民主主義の欠陥をよく理解している。強権的手法が有効であることを証明したがっている。民主主義が単なるオブラートであることを理解しているのは、トランプなのかもしれない。

(7.29起案・起筆・終筆・掲載14:00)


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