【時事評論2025】
社会貢献の評価
2025-03-04
社会貢献についてはいくつか書いてきたが、その評価については不十分であったと思う(21.3.18「受益者負担・貢献者優遇」・21.12.29「社会貢献」・24.1.8「寄生者から貢献者へ」・24.10.21「製品の社会貢献指数」・2.18「善意による社会貢献」・2.28「貢献の人格点評価」)。社会貢献にはいろいろな面があり、まず社会的労働をすることが最大の貢献であろう。それを評価するには、仕事の意義や質・量などを考えなければならないが、とても難しいことである。当面は公的な仕事であるか、私企業としての仕事であるかによって、若干評価を変えるべきだろう。また仕事の質については現在のところ評価の仕方が明確なものがないため、役職であるかどうかで評価するしかないような気がする。仕事量を評価するには、タイムカードなどを基に一日平均の就業時間から割り出すしかないと思われる。不正は厳しく裁かれることになるだろう。
社会貢献には無形の貢献というものもある。たとえば円満な家族の形成や、子育ては明らかに社会貢献であり、これを如何に評価するかが、未来世界に向けての課題となるだろう。さらに、学校や職場の仲間の中における明るい存在は、その存在自体が貢献と見做されるべきであるが、これもまたどう評価したらよいか、検討すらされたことがない。たとえば学校や職場の仲間の中での相互評価というような仕組みがあれば、それは可能かもしれない。ノムは教育現場の中でそれを試みたが、かなり評価自体に手間と時間が掛かることから、評価の簡易化が必要であると考えている。それ自体は非常に有効であるという結論に達した。だが人が人を評価できるのはせいぜい10人位であり、大きな集団では顔さえ分からなくなるので、正当な評価は難しい。全員が全員を相互評価するのではなく、貢献度の大きいと思われる人だけを推薦するという方が簡単である。これは選挙に似ており、地域の利益を代表する人を選ぶということを、仲間にとって有意義な人を選ぶということに置き換えてみれば分かりやすいであろう。
たとえば自治会が中心となって、地域に貢献していると思う人を数人挙げてもらうというのは、比較的簡単な方法であろうと思われる。1人から3人までと推薦する人の数を限定すれば、処理も楽であろう。そうした推薦の形での評価が人格点にも影響する(20.8.30「未来世界における人格点制度」)。人格点は社会的貢献の面から評価される個人の社会的評価であり、それはすなわち社会的ステータスとしてのシンボルになり得る。これまでは社会的職業・社会的地位・資産などがステータスのシンボルであったが、未来世界ではそうではなくなり、社会的貢献度の高い人の人格点を高く評価することで、貢献がステータスシンボルになるであろう。
たとえば税金を多く支払っている人、ないしは企業は、それ自体が社会的貢献であるため、資産がどのように築かれたかは問わない。それは別の方法で善悪が問われることになる。カネという形になったものが、社会に役立ったならば、それはもはや通貨に善悪を問うべきではないからである(21.6.2「現実主義」)。社会的地位の高い人も当然評価は高い。その地位に上り詰めるには、未来世界では善人でなければ地位を得られないからである。すなわち人格点が高いということはそうしたことを意味することになる。仕事をこなす時間が長い人ほど評価されるが、それは必ずしもダラダラと無目的に時間を使えば良いというものでもない。だが仕事の質を評価することの難しさから、とりあえずは1日の労働時間で評価するしかないであろう。そういう意味で言えば、最も長く献身的に働いているのは主婦である。だが主婦業に給与は支払われないため、公的に評価するのは難しい。一律に専業主婦に1日当りの労働時間として8時間を割り当てるというのも、問題があるのかもしれないが、そうした試みの価値はあるだろう。
就学期の子どもらや生徒・学生も、その存在自体が社会的貢献と見做すべきだろう。事実、明るい子どもらの姿を見れば、大人は元気づけられる。その存在が社会を害するようなものでない限り、子どもらなどにも人格点を自動的に付与することが望ましいと思われる。そして子どもらが、積極的に社会に貢献することをしていれば、それは人格点を上げる理由になり得る。たとえば学校での掃除などの作業や、動物飼育などのボランティア的仕事などを行えば、それは褒章の代わりとして人格点で評価されるようにすれば良い。それは最も安上がりな褒章であり、かつ満足感が高い。学校では成績順の発表ではなく、人格点順の発表をすべきである。そうすれば、子どもらは成績を良くしようと頑張るだけでなく、心身を健全なものにして、周りに対して良い影響を与えようとするだろう。先生が教えなくても、生徒らは自ら道徳を求めるようになるだろう。
以上のように、社会貢献を評価することは、社会の健全化に大きく寄与する。現代においてもすぐにも取り入れていきたいところであるが、まずは成績表を改めることから始めるのが良いだろう。大人の世界から手を付けるよりも、成長期・就学期の子らに対して始めれば、それが数十年後に大きく花開くことになる。ノムは学生の個人評価としてレーダーチャートを使うことを試みた。別項のどこかで既にそのことは書いているが、改めて紹介したい。ノムは生徒の評価を8つの項目でレーダーチャートに目盛った。①知能指数・②学業・③技能・➃運動・⑤努力・⑥積極性・⑦指導力・⑧社会性、である。これまでの成績というものは、②学業にまとめられている。これは別に科目ごとのレーダーチャートを作れば良いだろう。学業は全科目の平均点で表されることになる。たとえ学力で劣る子がいたとしても、運動や積極性で補うことができる。ノムは論文の中で、知能指数6・学業7・技能3・運動4・努力7・積極性10・指導力5・社会性4、という事例を取り上げた。平均点は5.75である。平凡な子であるが、積極性10という点が光っている。その子はそれを伸ばすようにしていけば良い。各評価は全体の中での偏差値から算出される。すなわち相対評価となる。計算はエクセル表の関数を使えば誰でも計算可能である。
未来世界では、以上で述べたように、価値基準が現代とは全く異なることになる(22.8.7「価値観の転換に必要な競争意識の排除」・24.6.9「価値観の多様化は誤り」)。カネ・地位・職業などは、相対的に価値が小さくなり、社会貢献度が最も大きく評価される。それを上げるには「自捨他助」(【筆者造語辞典】参照) の精神が要求される。それは日本人精神(大和魂・武士道精神)の中に普通に見られるものであり、高貴な精神である(24.12.10「大和魂・武士道精神・日本人魂」)。人間として最高の輝ける精神である。どこにでも見られる反面、貴重なほどに稀なものなのかもしれない(20.7.6「日本の大和魂は消えた」)。
(22.11.27起案・25.3.4起筆・終筆・掲載23:30)