【時事評論2025】
貢献の人格点評価
2025-02-28
ノムは未来社会では社会貢献が最も高く評価されると考えている(21.12.29「社会貢献」・2.18「善意による社会貢献」)。それは「自捨他助」(筆者造語) の精神に基づくもので、自己犠牲を伴うものが最も高貴なものであると考える(20.9.1「武士道精神とは何か?」・24.8.17「武士道を全うした日本人・その1:樋口季一郎」・24.12.10「大和魂・武士道精神・日本人魂」)。そうした貢献は、普通ならば余り表立っては評価されないものだが、未来世界では、価値観を明瞭にする目的もあるため、「人格点」という形で公にこれを評価することになるだろう(20.8.30「未来世界における人格点制度」・21.6.19「現代の価値観から古い価値観へ」・22.4.29「価値観の選択」・24.1.13「国論分断の意味は価値観の分断」・24.6.9「価値観の多様化は誤り」)。
社会貢献にもいろいろな側面がある。議員として貢献するのも、ゴミ清掃員が貢献するのも、本質に於いては変りは無いが、社会としての評価の大きさは当然異なる。それは貢献の範囲が圧倒的に違うからであり、その貢献度の大きさも異なるからである。議員一人は数千人から数十万人に影響を与えているが、ゴミ清掃員は1日に収集するゴミの範囲も量も限られている。だが国民の側からすると、ゴミが1ヵ月も収集されなかったら生活に多大な障碍が生じるだろう(24.12.4「エッセンシャルワーカー(必須労働者)」)。そのような事態が生じると、清掃員の重要さが改めて認識されることになる。議員による議会の決定は数年から生涯にわたって国民に影響を与えるが、それを直接にすぐに感じることは少ない。つまり議員の働きは目に見えにくいし、分かりにくいが、清掃員の働きは目に見える直接的なものとなっている。どちらが重要と考えるかは人によるかもしれないが、社会貢献という視点から観ると、やはり影響の範囲が大きい方が重要と見るべきであろう。
人の世界は分業で成り立っているため、その仕事の性質で社会貢献度を計るのは重要である(22.11.21「分業」)。「職業に貴賤はない」という言葉は江戸時代からあるが、だからと言って評価に全く違いがないというわけではない。職業の難易度や人気によってその職業の評価に差が生じるのは止むを得ないことであり、平等主義をノムは採らない(20.9.26「人格点評価を実際の職業別に適用して試算」・22.11.25「職業」・23.2.19「平等主義の破綻」)。
また人の行為そのものが社会に貢献した場合、それは職業とは関係なく評価されるだろう。たとえば義務が無いのに人命救助や災害復興に貢献した人は、当然評価されなければならない存在である。それは自己犠牲が大きいほど評価も高くなると考えるべきだろう。評価するといっても一律にするのでは役人的であり、その貢献度に応じて評価にも差がなければならない。
誰がこうした貢献を評価するのかが問題になる。ノムとしては、人が人を評価するには公平性や道理性を考えた場合には限界があると思っており、やはりここは私利私欲の無いAIに評価させるべきであると考える。たとえばある人が社会貢献をしたとして、それを評価したいと考えた人が居た場合、推薦者が大雑把な評価書を役所なりに提出し、役所が聞き取りを行い、AIがそれを総合的に評価するという仕組みができたら、世の中はかなり良くなると思われる。自己推薦・自己評価は評価対象にはしない。貢献度は職業・役職・褒章などによっても客観的尺度として評価される。
逆に社会に対して害悪を為した場合には、当然の結果として人格点は著しく下げられる。時にはそれまでに築いた人格点による信用を失墜してしまうこともある。これは社会的善悪を規定することをも意味する。個人が為した犯罪が些細なものであり、被害者が限定されていれば、それによる人格点降下は小さい。だが犯罪自体が些細なものであっても、社会的影響が大きければ、人格点降下は大きくなる。たとえば最近日本のニュースで大々的に取り上げられているミャンマーでの詐欺事件では、日本人が騙されて人身売買の被害者になったというニュアンスの報道があった。だがその日本人が、たとえ脅迫の下であったとしても、詐欺に加担したことは間違いのない事実であり、騙した老人の数が少なかったとしても、日本人の信用度を貶めたという意味で悪影響は非常に大きい。これら日本人は被害者ではなく、むしろ積極的に自分から罠にはまった犯罪者とみるべきである。
未来世界では、職業・役職・褒章などの経歴的なものでも貢献度を評価するが、それに加えて個人的な善意による社会貢献を大きく評価する。それが人格点という形に反映されることになる。たとえ貧しい人であっても、人格点が高ければ、社会的にそれ相応の尊敬されるべき存在となり得る。そしてその人格点に応じて、社会的権利も大幅に拡大されるのである。貢献というものが、社会的なものであれ個人的なものであれ、人格点に反映されることで、社会全体が善を求める方向に動いていくであろう。
(23.4.29起案・25.2.28起筆・終筆・掲載23:10)