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【時事評論2024】

道理主義

2024-12-29
  前項で、道理主義について引用しようと項を探したが、適当なものが無かった(12.27「鳥害対策」)。これについて単独に論考する必要があると思った。道理主義という考え方が出てきたのは、法律主義に対する対語としてである(20.11.27「法律主義から道理主義へ」)。法律というものは条文による規定であり、それは全ての事柄に対応してはいない。昨今のIT関連の技術はこれまでの法律では規制ができないものが多い。そのため法律が後から制定されるという対応の遅れを生じている(生成AI規制がその端的な事例)。海外からネットを通じて詐欺犯罪が行われているのに対しても、対応が十分ではない。ネットに犯罪を予感させるような広告が掲載された場合、それは違法とすべきであるが、現在はそうした法律はない。道理主義を採用していれば、条文が無くても道理に反する行為は犯罪の可能性があるとして、取り締まり対象にすることができる。そうした道理主義の有効性・優越性について論じてみたい。

  道理主義は全世界で適用可能である。各国の文化・歴史の違いから、国民の常識というものもそれぞれの国に違いがある。それぞれの国で「道理」と考えられる内容は異なり、それ故に道理主義は世界的になり得る。だが法律主義であると、それは西欧の道理が法律化したものが多く、東洋では道理が異なるため、法律も西洋から取り入れたという経緯があることで、かなり違和感がある。日本の道理は米国の道理とは異なる。日本独自の法律に進化していれば問題は少ないが、日本の法律も政治制度も西洋から取り入れたために、日本の風土に合わないものも多い。

  道理主義はある意味で曖昧さを含むが、その曖昧さがあること自体が道理主義の優れた点である。これまでコンピューターは、問題に対して1つの回答しか出せなかったが、最近の生成AIは、回答が曖昧さを含むようになった。それはAIの思考の進化と言えるもので、より道理主義に近づいたとも言えるだろう。たとえば某事件について、法律では規定がないため犯罪とはされずに無罪になってしまう例もあるが、道理主義ならば、どんな犯罪でも裁くことが可能になる。これまで起きたことのない事例であっても、国民の持つ道理による判断を下すことができるからである。その場合、審理は裁判所で行われるべきではなく、国民全体が裁判官になるべきであろう。それは未来世界のノムネットを使えば、いとも容易に短時間に裁定を下すことができる(21.2.1「ノムネット」)。AIを参加させることも考えられる。AIはその国の特異性を勘案して、その国の道理に沿った判断を下すことができるようになるだろう。

  道理に適っているかどうかは、その国の国民が判断することである。法律が道理を作り出しているわけではない。道理は常識から来るものであり、その常識が時代によっても国によっても異なることから、国によって道理も異なる(9.5「常識の変化」)。たとえば仏教的影響の大きい国、キリスト教の影響が大きい国、イスラム教国家などでは、国民の常識が異なることから、道理に適っているかどうかの判断も、国によって異なってくる。世界中で共通する道理というものも存在はするが、国家内で起きた事件に対しては、その国の道理を適用するのが最も合理的である。そしてこの考え方は、原理主義を否定することにも繋がる(10.28「原理主義」・10.29「原理主義の成功と蹉跌」)。原理主義は固定化した観念、宗教、思想から生まれるものであり、ノム思想はそうした固定観念を持たないところに特徴がある(20.9.7「ノム思想とは?」・20.9.15「民族問題へのノム思想の考え方」・21.8.28「ノム思想の特徴」・23.7.11「ノム思想は右翼的か左翼的か?」)

(12.27起案・起筆・11.29終筆・掲載0:25)


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