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【時事評論2024】

【時事短評】米の司法を破壊する大統領恩赦

2024-12-26
  12月26日の共同通信のニュースで、トランプが来年1月20日の大統領就任の当日、2021年1月の議会襲撃事件で訴追されたトランプ支持者らを恩赦する意向を示していると報じた。トランプはクリスマス当日であるというのに、25日のSNSでバイデン大統領が仮釈放のない終身刑に減刑した死刑囚37人について「メリークリスマスと言うのを拒否する。代わりにこう言ってやる。地獄に行け!」と自身の交流サイト(SNS)に投稿した。バイデンの恩赦を罵倒しておきながら、自分もやるというのはひどい話である。このニュースを見て、「恩赦」というものについて考えてみた。

  古代から、集団の権威者が犯罪者の量刑を決めることが多かった。国家の場合は、王がその権威者であったから当然のことであっただろう。王が即位した時や祭礼に合わせて、国民の支持を得るために、恩赦を行ったのが始まりであると考えられる。ユダヤ教では過越において罪人に恩赦を与えることが慣例となっていた。イエス・キリストも恩赦の対象だったが、民衆がバラバの釈放を望んだため、代わりにバラバが釈放されたと聖書に記されている。近代になって、三権分立が確立するようになると、国家のトップは大統領や首相になったが、彼らは行政権や外交権のトップであって、司法のトップではないため、恩赦は行政権による司法権の侵害ということになった。フランスなどのように議会(立法機関)に一般的な恩赦の権能を与え、行政機関に個別的な恩赦の権能を与える仕組みになっているところもある。アメリカ・ロシア・ドイツ・イギリス・日本・韓国・オーストラリア・ベルギーなどにその例が見られる。

  だが大統領が、自分自身の利益のために恩赦という大義を利用するというのは許されることではない(12.15「大義の考え方」)。今回のバイデンとトランプによる恩赦は正にこれに該当する。そもそも刑罰を決定するのは司法の役割であり、行政が介入すること自体がおかしなことであり、三権分立が崩壊していることを示している。なぜこうした悪弊が続いているかというと、人間界では権威者がその権威を拡大しよう、あるいは権限を温存しようという動きが常にあるからである。三権分立という理念が確立したときに、恩赦が無くなったかといえば、そういうことは無かった。だが恩赦が国民にとって良いものであれば、それは受け入れられることが多かった。特に政治犯が恩赦を受けるということは、国民から支持されることが多かったと思われる。これまでの恩赦の多くが国民に受け入れられてきたのは、恩赦の対象が国民が納得できる範囲であったためである。

  だが今回の事例は、バイデンが自分の息子を恩赦の対象にしたと言う点で大義のないものになった。他にも多くの死刑囚などを恩赦の対象にしたが、それはバイデンの死刑反対という立場から出たものであり、国民の総意ではない。トランプが大統領就任当日に自分の支持者だけに恩赦を与えるというのは、完全に司法に対する越権行為である。こんなことがまかり通るようでは、司法は破壊されていると考えざるを得ない。米国は合衆国であることから、行政権に於いては各州が独立して法を定めている。そのためある意味でややこしいことが生じているが、連邦法で裁かれていることに対して、大統領が権力を行使できるような事態はあってはならないことであり、これまでの慣例を打ち壊して、恩赦というもの自体を無くすべきであると考える。それは日本においても同様である。

  未来世界では、三権分立に国民の権利を加えて、四権分立が確立されるだろう(21.3.29「未来世界の四権分立」)。その詳細は参考項に述べている。そして、現代法では「法の遡及適用の禁止」を定めているが、「評価の遡及適用の原則」を新たに採用することになるだろう(21.12.28「事後評価・責任遡及主義」)。すなわち、過去の事柄に対して、現在の道理を基準に、過去を評価し、該当者に責任を追及するというものである。法が制定される以前に、その法に反する行為を行ったものが再評価されるということになる。これは道理主義に基づく考え方であり、従来の法律主義の考え方とは一線を画している(20.11.27「法律主義から道理主義へ」)。ただし、過去のことに関しては、評価するだけで刑罰は加えない。たとえば、某氏が悪しき行為をしたとして、その時点ではそれを裁く法規定がなかった場合、罪科を問われることは無いが、未来世界ではその責任が問われ、人格点が引き下げられる。裁判や刑罰はない。

  未来世界では恩赦という制度は無くなるその代わりに再評価ということが行われ、特に政治犯と呼ばれている犯罪者に対しては名誉回復の機会が与えられ、人格点が復活することもあり得るだろう(20.8.30「未来世界における人格点制度」)。これはある意味で恩赦の代わりになると思われるが、権威者がこの再評価を提起することはできない。あくまでも国民が決めることである。たとえば過去の事件に関してニュースなどで取り上げられ、国民が再評価を求める機運が盛り上がったならば、行政権者である首相なりが、これを国民評議(ネットでの投票)に掛け、再評価することはあり得る。首相なり大統領は、自らの利益になるような再評価を提起することはできず、それをやれば人格点が著しく低くなり、賢人では無くなった場合には失職することもあり得る。国家の指導者は皆賢人でなければならないからである。賢人の条件は、現在のところは人格点85点以上と考えている(21.11.20「賢人とは?」)。これを下回ったならば、首相・大統領の地位はおろか、議員の地位も失うことになる。

(12.26起案・起筆・終筆・掲載16:50・追記17:30)


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