本文へ移動
【時の言葉】外出を控え、資源消費を減らそう(2022.6.20)

【時事評論2022】

プーチンとヒトラーの同根異相(3.28追記)

2022-10-29
  プーチンのやっていることは、極めてヒトラーが率いたナチズムと同様であることに世界は気付いているはずだが、メディアはプーチンの流す「ウクライナはネオナチ」というプロパガンダは報じても、「プーチンこそ真のネオナチ」、とは書かない。随分前からその違和感があったが、改めてヒトラーとプーチンの思想・政策・行動の共通点と違いを検証してみることにした(3.23「ヒトラーのポーランド侵攻とプーチンのウクライナ侵攻の類似点」)。そして、それらの基になっている幼少期から青年期での彼らの生活環境をも比較検証してみたい。以下では、ヒトラーが歴史的に先に存在していたため、ヒトラーを先にして説明していきたい。

  なお蛇足ではあるが、この項を書き終えたあと、検索ランキングをBing検索でしらべてみたところ、仮アップしてから3時間後には10位にランクされていた。そして他にも同様な趣旨のサイトがいくつもあることに驚いた。ノムの指摘は決した間違ってはいないようである。2023年3月28日、地政学・戦略学者の奥山真司はニッポン放送で「ナチス時代のヒトラーのプロパガンダを調べたところ、改めて感じたのは、今回のプーチン大統領がやっていることはナチス・ドイツとそっくりであり、ヒトラーと一緒だということです」と述べているが、専門家として遅すぎる認識ではないだろうか。

《 ヒトラーとプーチンの同根 》

  1.出自に暗い影がある:ヒトラーはまず実父が私生児であった。実父アロイスは転々とし、養子に引き取られてぎ義叔父とは別名の「ヒトラー」姓に改姓している。アロイスは栄達し、権威主義的であった。ヒトラーを虐めたため、ヒトラーは生涯父を憎んだ。アロイスは召使で未成年の少女だったフランツィスカを愛人とし、2人の子をもうけたが、23歳下のやはり召使だったクララに手を付け、従妹同士の関係だったが、四男としてアドルフ・ヒトラーが生まれた。父アロイスはヒトラーを虐めたため、ヒトラーは生涯父を憎んだ。 ヒトラーの妹パウラは「兄には一族という意識がなかった」としている。ユダヤ人を根絶させることを宣言しながら、自らの出自にユダヤの血筋があると噂されていたが、戦後に史家によって否定されている。ヒトラーはそのことを消そうとしてユダヤ人撲滅を掲げたのかもしれない。彼は「自分が誰か、どこから来たか、どの一族から生まれたか、それを人々は知ってはいけないのだ!」と述べている。プーチンは生みの母の不貞によって生まれたとされる。生みの母は存命中とみられるが、真実を記した本を出版し、ただちに出版禁止本とされた。すなわちヒトラーの父アロイスと同様私生児だった。これは彼を苦しめたに違いなく、少年期には悪ガキであった。

  2.政治家でも軍人でもない:ヒトラーは中産階級であったが、野心を抱いていた。ヒトラーは絵描きであったに過ぎない。兵役逃れを繰り返したとされる。入隊検査で不合格になったのも、何らかの仕込みがあったことをうかがわせる。だがオーストリア人であったにも拘らずバイエルン州軍に入隊したが、これは軍側のミスであったともされる。軍に入ったヒトラーは前線から遠い安全な地帯での伝令兵として活躍し、受賞もしている。1918年には一級鉄十字章を授与されている。軍内では密告やスパイなどの任務にも就いた。その中で彼は独自の誇大妄想な思想を仲間に吹聴していた。それがヒトラーが政治の世界に入る切っ掛けとなった。プーチンはKGBとしてドイツでスパイ工作をしていた。その後役人となり、たまたま国家資産をソ連からロシアに移行させる際に略取することを学び、カネの亡者になった。また権威を振りかざすことで人を動かす政治を学んだ。彼はその両方に成功した(4.2「プーチン立志伝を生み出したロシア」・4.17「プーチンは如何にして皇帝に成り得たか?」)。

  3.誇大妄想:ヒトラーは若いころから反ユダヤ主義に染まっていたが、図書館で本から断片的に学ぶうちにその思想が強化され、固定化されていったようだ。軍に志願してからは大ドイツ主義に傾いていき、オーストリア出身であるにもかかわらず、戦友や看守をも魅了するほどにドイツ主義を標榜した。名演説家としての能力はこの頃に育まれた。プーチンもまた、ソ連崩壊を目の当たりにして、栄光を取り戻そうとエカテリーナ時代のノボロシア妄想に憑りつかれ、現在のウクライナ侵攻という行動でそれを示した(10.2「プーチンは単なる妄想家か、希代の戦略家か?ーその1」・10.3「その2 」)。

  4.両者とも最前線で戦ったことはなく、逃げるのが得意:ヒトラーは伝令兵として戦った経験があり、軍隊というものを知っている。だが失明を装って前線から退いたと思われることや、ムッソリーニの「ローマ進軍」を真似た「ドイツ進軍」で逃亡したことなどから、逃亡癖があると見られる。1924年7月7日には「国家社会主義運動の指導者たることを止めて、刑期が終わるまで一切の政治活動から手を引く」ことを発表する。収監されている間に「わが闘争」を書いたことは有名である。気を見るに聡い。プーチンは責任を取ることを明言したことはない。全て軍の責任者に責任転嫁している。自分の出身母体であるFSB(ロシア連邦保安庁)ですら、責任を押し付けて150人も罷免した。

  5.民族史を捻じ曲げ、改竄:ヒトラーはオーストリア国籍であったにもかかわらず、大ドイツ主義を信奉した。やがてそれはアーリア人という仮想の人種を最優秀とする特定民族選民思想を生む。ユダヤ人との交流もあったというから、根っからの反ユダヤ主義ではなかったが、ユダヤ人の持つ資産を活用しようという目論見もあって、ユダヤ人を含めた劣等人排斥へと動いた。反ユダヤ主義はそうした中で生まれたと思われる。当然の結果として歴史の改竄が行われた。プーチンは出生からして一種の私生児であった。彼はそれを否定したいがために、裏返しとして父を尊敬し、執務室の隣の部屋には肖像を掲げている。彼の精神は幼少の頃からひねくれたが、負けず嫌いの性格から小学校6年のときに目覚め、以後真面目になって成績も向上し、運よく出世街道をひた走ることになる。KGB在職中にソ連崩壊を体験し、ロシアの栄光を取り戻そうという考えが生まれる。だがそれは運もあるが卑劣な手段による出世で成功体験を得たことで、実現へとひた走ることになる。思想的にはエカテリーナ女帝時代のノボロシア思想に染まったと言って良いだろう。彼の言っていることを聞くと、時代錯誤だと思われる発言が多い。彼の視点からすれば、歴史の全てがロシアのために書き換えられるべきものとなった。

  6.独自の民族論を展開:ヒトラーは前述した通り、ドイツ民族優秀論からアーリア人選民論へと傾斜した。プーチンは複合民族であるロシア中心の民族論を展開し、「ロシアは一つ」、という妄想を抱いた(本当にそう思っているかは別であり、戦略的にそう唱えているだけかもしれない)。彼のノボロシア思想からすると、現在のベラルーシ・ウクライナは当然ロシアに所属する領土であると主張している。それは結局、ソ連時代の版図の復活を目指していることに他ならない。

  7.軍力を誇大に評価:ドイツは第一次世界大戦を戦って敗れ、莫大な賠償金に押しつぶされそうになっていた。ヒトラーはそうした世相を上手く利用して、ナチスを育てて、正当な手続きを踏んで政権を掌握した。勿論陰謀が陰に有り、議事堂火災は彼が主導して行われたと言われる。ヒトラーは当時最もヨーロッパで進んでいた技術力を生かし、重工業を成功させた(クルップなど)。そしてそれを再軍備に当てた。失業者をアウトバーン建設で救い、大衆の人気を獲得した。軍力が最強になったことで、いよいよ領土拡張に乗り出した。だがおもしろいことに、核兵器開発に最も近い距離にありながら、ユダヤ科学であるとして開発を進めなかったという。ただ旧来の兵器に加えて、V2ロケットを今で言うミサイルとして使い、ロンドン攻撃を行っている。だがアメリカが第二次世界大戦に参戦したことで、国力的に敗北を喫した。プーチンはソ連時代の核兵器を誇大に評価して、軍力は大したことはないにもかかわらず、ウクライナ侵攻に乗り出すという過ちをした。ソ連崩壊以来、ロシアは経済的に地位を下落させていたため、通常兵器の更新を怠っていたからである。それはプーチン戦争で明らかになった。また侵攻するからにはウクライナの兵力100万の少なくとも2倍以上が必要であるにも拘らず、その常識を破って20万程度の兵力で一気に首都であるキーウを落とそうとした。だが2月という時期が悪かった。道路以外の場所はぬかるんで戦車の侵攻が遅れたからである。一旦停滞すると兵站の無い軍隊は哀れである。補給が絶たれた結果、撤退せざるを得なくなった。9月以降の戦局を見ていると、西側から兵器の補充を受けたウクライナが優先に転じたと思われる。問題はロシア軍が正規兵よりも、傭兵や他国兵(共和国)の混成部隊であることにある。士気も最初から無く、士気の差で負けている。つまりプーチンは自国の軍力を過大に評価して失敗しているのである。

  8.領土拡大を狙った:ナチスドイツは単純に領土拡大を狙った。秀吉と同様、恩賞を部下に与える土地が欲しかったと思われる。ドイツの電撃作戦はそれを最初は成功させた。だが戦線拡大によって経済・物資は疲弊し、ついにアメリカの経済の力とロシアの不屈のロシア魂に負けた。プーチンの場合は、元々ロシア周辺域はロシアの領土であったとするノボロシア幻想から生まれた発想による。ベラルーシやチェチェンなどは独裁者を仕立てて配下に置いているが、他の諸国は反旗を翻すチャンスを狙っており、ロシアが成果を出せずに敗退すれば、一気に周辺諸国に革命が起こる可能性がある。
 
  9.地域支配を目論む:ヒトラーもプーチンも、侵略が途中で安定的なものになるとは思っていないであろう。ヒトラーはヨーロッパ全土を大ドイツ帝国としてまとめたかったと思われる。プーチンは周辺諸国を完全にロシアに併合することを狙っている。クリミアを偽装部隊で侵略し、世界がそれを傍観した結果、プーチンは成功体験をさらに確証したと思われる(9.30「世界はプーチンの思う通りに成功体験をさせてしまった」)。ウクライナに侵攻するのは時間の問題であった。プーチンはノボロシア復活を目指していたと思われるが、その計画は今頓挫しようとしている(8.4「プーチンのノボロシア妄想」)。

  10.恐らく両者とも悪の使命感を持っていた:ヒトラーはその野心を果たせないと分かった時自殺した。ただ巻き添えにしたのは妻としたエバの一人だった。プーチンはウクライナ侵攻の前から、いざとなったら全世界を巻き添えにしようと最初から決めている。彼のその覚悟は使命感に基づいていると考えた方が良い。

《 ヒトラーとプーチンの異相 》

  1.頭の良さ:ヒトラーは学習能力が劣り、不良行為もあって事実上小学校卒で終わっている。ただ彼には隠れた才能があった。それは演説である。彼は演説の巧みさにより聴衆の心を掴み、権力掌握へと動いた。だが軍事行動を部下に任せておいた方が良かったと思われるが、彼は素人であるにも拘らず作戦に口を挟み、ついには墓穴を掘った。戦況が暗転する切っ掛けとなった転機は、別荘での親戚の結婚式に出席したことがアダとなったと言われる。プーチンは少年期には悪童であったが、小学校6年頃に心がけを変えた。それ以来成績も良く、悪知恵を働かすという意味では天才であろう。だがその作戦はあいにく、素人故の過ちの連続であり、自国の民の心を掌握することには成功してきたが、他国の民の心を踏みにじったことで失敗している。頭と心の両方が備わっているわけではないのである。

  2.両親・兄弟への態度:ヒトラーは父を憎んだが、プーチンは父を尊敬している。ヒトラーは母親クララを敬愛していたが、病気になっても何の世話もせず、他の叔母・姉妹にまかせた。クララはヒトラーのことを諦めていたようだ。だがクララの死はヒトラーに深刻な打撃となったようである。プーチンは出生の秘密を抱えているため、母親については語ることはない。

  3.青年期:ヒトラーは父の影響で家族の中で家父長的態度をとった。妹に対しても平手を食らわせた。家が豊かだったため身なりは上流趣味だったという。だが働くことを嫌い、無職だった。リンツに住んでいたころから反ユダヤ主義だったが、ユダヤ人との交流はあった。ウィーンに出て美術を習おうとしたが、入学に失敗した。画風に独創性がなく、模写程度だった。クビツェクという男友達と一緒に住んだが、ある日突然姿を消した。入試の再度の失敗を知られたくなかったのと徴兵拒否のためだったとされる。貧窮生活の中でもワーグナーに傾倒して劇場に通ったという。図書館の本から断片的知識を得て行った。ミュンヘンに居を移したのは兵役義務放棄罪から逃れるためだったとも言われる。これは無罪となり、第一次世界大戦が勃発するとバイエルン陸軍に志願した。伝令役を務め6回叙勲されている。大戦でドイツ軍(正確にはバイエルン軍)の一員として戦ったことで益々ドイツへの愛国主義は高まっていった。毒ガスにより一時失明したとされる。だが大戦が終結した日に治ったとしていることから、仮病であった可能性も否定できない。プーチンは青年期を模範的な行動で装っていたとされる。KGBに入職したいために、全てについて自制的であった。それは政治の世界に入ってからも同じであり、頭の切れる役人であった。そうしたことが信用され、大統領にまで上り詰めることができたと言えるだろう。ただ、その人生の全てに彼の復讐心・猜疑心・悪心があったことだけは間違いないと思われる。

  4.趣味:ヒトラーは絵や音楽に興味を示したが長続きはしなかった。スポーツもからきしダメだったようだ。独裁者には珍しく、無欲な方であったと思われる。ただ建築物には異常な興味を示し、各種の建造物をデザインしている。権力を得てからは、犬を好んだと言われる。独裁者にありがちな孤独を癒すためであった。プーチンは柔道をたしなみ、黒帯を得ているようだ。スポーツは万能と云え、アイスホッケーリンクも所有しているとされ、プーチン宮殿には各種ジムがあるという。プーチンもまた独裁者の習いから犬を好む。忠実な僕としてみているのだろう。

  5.ヒトラーは名誉のみを求めたが、プーチンは富を求めた:ヒトラーはどちらかというと無欲で名誉のみを求めたと思われる。それは彼の出自がそれほどカネで苦労していなかったことが原因であろう。一方プーチンはアパートの一部屋だけに家族が住むという貧しい幼少時を経験しているため、カネには異常な執着心を見せる。ソ連崩壊から新生ロシアに移行した際、その国家資産の移転作業に携わったことから、不正な蓄財はこの頃から始まったとノムは観ている。その象徴が絢爛豪華な宮殿の所有に表れている。

  6.ヒトラーは一人の女性と生涯を共にしたが、プーチンは多くの女を求めた:ヒトラーには浮ついた話はないようである。だがプーチンは、ウクライナ侵攻の直前に、何十年も連れ添った妻と離婚した。恐らくプーチンの精神についていけなかったと思われ、その頃には精神状態も正常ではなかったようだ。プーチンの浮気があったのかどうかについては情報がない。その後プーチンは元オリンピック選手の恋人を作り、秘密裡に子を3人儲けている。前妻との間にも2人の娘がおり、他に恋人がいるかどうかは定かではない。

  7.ヒトラーはユダヤ人を排斥したが、プーチンはウクライナ人を同民族として侵攻の口実とした:ヒトラーは自身が能力的に欠陥があったためか、反動として劣等であることを異常に嫌った。ユダヤ人だけでなく、遺伝的欠陥がある弱者を排斥した。部下に対しては、比較的能力主義で選抜しているようだが、粛清ということは独裁者には珍しく少ないようである。一方プーチンは冷酷であり、敵と思った人間は粛清、もしくは暗殺する。勿論直接手は下さず、全て出身母体のFSBにやらせる。そしておもしろいことに、民族という点に関しては、同和的発想があっても排斥的思考は少ないように見受けられる。

  以上のように、同じ独裁者で世界を不幸に引き込んだ2人の人物には、共通する部分と異なった部分がある。重要なのは共通する部分であり、そのうちでも出自がやはり大きな意味を持つと思われる。出自の中には出生や幼児期だけでなく、青年期から成人して就職し、その中から学んだ経験も含む。そのことから、未来の賢人を選ぶ際には、出自を重要視することが大切なことだと思わされる。勿論業績なりを重視するのは当然であるが、その心がけがしっかりとしており、健全であることが第一なのである。プーチンとヒトラーには、青年期までのどの時期をみても、まともな時期はなかった。少年期から青年期は、ひねくれた精神を涵養するためにあったようなものとしか見られない。未来世界ではやはり幼少期の教育環境が健全だったかどうかが問われることになるだろう。


TOPへ戻る