【時事評論2022】
【時事短評】米議会襲撃事件の与党による公聴会は公正か?
2022-07-24
2021年1月6日に米国で起きた議会襲撃事件は全米だけでなく、世界に衝撃を与えた。当時の同国大統領であったドナルド・トランプの支持者らが、「2020年のアメリカ合衆国大統領選挙で選挙不正があった」と訴えて、アメリカ合衆国議会(連邦議会)が開かれていた議事堂を襲撃した。これは後日、トランプが扇動したことが分かっているが、その詳細については国民には知らない人も多い。特にトランプ派にとっては、不正選挙が原因であって、襲撃は正当化されるとする者も多く、トランプ自身が未だに不正選挙を主張していることから問題は究明されたとは言えない状況であった。そこで与党民主党は中間選挙を控えていることもあり、白黒をはっきりさせるために公聴会を企画した。主として、①選挙は公正におこなわれたこと・②トランプがこの襲撃事件を扇動したこと・③議会侵入の間、大統領としてこれを制止させる行動を取らなかったことが、当時の側近やトランプの娘で補佐官を務めていたイヴァンカなどの証言から証明された。だがトランプ派からすると、これは民主党による民主党を有利にするプロパガンダショーであるという批判も強い。ノムは公平・公正な立場からその評価をし、未来世界での応用についても考えてみることにした。
ノムは歴史を検証する際、庶民が残した記録を重視している。歴史書には書かれていない、事象の真実がそこには表れているからである。そうした観点から見ると、今回の公聴会は、証人に偏りがあったとはいえ、その真実の一端が明かされたと言えよう。証人の多くは当時のトランプ陣営に身を置いていた高官であった。本来ならトランプを擁護する立場の人達である。だが彼らは、トランプの余りにも非常識で悪意に満ちた行動に対して、自分の身を守る事よりも道理を優先的に考え、トランプに対して制止や諫言を呈した。だがそれらの声をことごとくトランプは無視したようである。ただ一度だけ、娘のヴィアンカの言うことだけは取り上げ、メッセージを温和なものにしたという。高官の中にはトランプの言辞・行動によってその場で辞任を決意した者もいるという。こうした声は公聴会が開かれるまでは個々のニュースとはなってはいるものの、全体としてはかき消されてしまうことが多い。公聴会はそうした下の者の声を集めて集大成したところに意義があるだろう。
ノムは公聴会を全て視聴してわけではなく、飽くまでも日本のニュース報道から知る事しかしていないが、これまでの経験から、公聴会はその手法・証言の信憑性、共に信頼に値すると考える。なぜならば、証言に立った人達が、その証言によって得る利益はほとんど無いと思われるからである。つまり真実を語ることに自分の矜持を反映させており、それが彼らの社会への貢献だと彼ら自身が信じていると思われる。裁判でもこれほどに真摯な発言は余り聞いたことはない。利害関係を無視して真実を語りたいという人間の崇高な意思をそこに感じる。そうした意味で今回の公聴会は大成功を収め、トランプの虚言は見事に打ち砕かれたと言っていいだろう。同じような公聴会が悪意によって為される可能性は将来にはあると思われるが、その都度国民は公正な目で判断すれば良いものと思われる。今回は民主党のプロパガンダのために為されたものではない。飽くまでも大統領選挙に不正は無かったことを証明し、議会襲撃をトランプが扇動したことを証明するために行われた。しかもトランプが大統領として取るべき責務を怠ったことまで明らかになった。そしてこの3点において、もう議論の余地はないほど完璧にトランプの欺瞞は立証された。
公聴会にはトランプ派とされた当時の政府高官や中立的立場であるはずの選挙管理委員会のメンバーが招待されており、その意味では公正な人選であった。ただ未だにトランプ派とされる人物が招かれなかったのは事実であるが、もしそうした人物が虚偽や誤った信念による証言をしたならば、公聴会は百家争鳴の裁判のようになってしまい、本来の事実の証明があやふやになってしまう恐れがあった。その意味で公聴会証言者の人選も適切であったと思われる。
この公聴会は全米の国民だけでなく、世界の耳目を集めた。公聴会は6月から開かれ、計8回に及んだとされる。証言は丸一日を要することもあったようであるが、実況中継の都合もあって毎回2~3時間に短縮編集されたという。そして初回と8回目はゴールデンタイムに実況中継されたそうだ。こうしたことがこれまでにあったかどうかは分からないが、これはローマ時代のサーカスに匹敵するものだと感じた。トランプ派も反トランプ派も興味津々でこのバトルを見物したに違いない。勿論今回はトランプに不利な証言ばかりが繰り広げられたと思われ、トランプは闘技場の殺される運命にある野獣の立場に置かれた。一方剣闘士となった証言者は、場外からの拍手喝采を浴びる立場となった。こうした政治に絡むサーカスショーの是非については意見も多々あるだろうが、ノムの現実主義・人間本能論・評価主義の立場から言えば、大衆に真実を知らしめるこのサーカスもどきのショーは大いに社会の清涼剤としての効用があったと言えるだろう。
そうした意味で、この手法を未来世界でも採用すべきだと考えた。その場合、賢人らが各レベルから意見を出し合い、最終的に国民が公聴会開催の最終決定をすべきだと考える。国民が求めていないものを、国家がわざわざ執り行うというのは、権力の悪用に繋がる恐れがあるからである。そして開催の仕方についても、以下のような条件を踏まえるべきであると思われる。
1.国民の間で意見の分断が起きている重要事項についてのみ取り上げる。
(21.12.24「分断と分裂」)
2.真実の追及が必要であるという場合についてのみ行われる。
3.公聴会は議会(単院制:全て賢人)の決定要件を必要とせず、国民投票を行うかどうかだけを議会が決定する。
(20.11.1「大坂都構想国民投票の評価」)
4.公聴会の開催は国民投票(ネットによる国民の義務)によって決定される。
5.公聴会は議会内で行われる。
6.証人は直接事柄に関わりがあった者から選出し、証人に偏りが生じないようにする。
7.証人は客観的事実を包み隠さず証言することを求められ、事後もその発言に責任を負う。
(21.12.28「事後評価・責任遡及主義」)
8.証人の証言は、内容の論理性・常識性をAIが判定する。また表情から嘘を付いているかも判断される。
9.証人が真実の追及に貢献したと認められた場合は人格点の付与があり、不誠実・不義の証言をした場合は
減点される。
(20.8.30「未来世界における人格点制度 」)
10.証人は証言によって罪に問われることはない。だがその責任は後々まで負う。
(21.12.28「事後評価・責任遡及主義」)
公聴会というものを未来世界に適用させるということは大いに意味があると思う。1つ目の理由としては、上記したように、これが社会浄化の機会となることにある。正義が悪に勝つという公的イベントとなり得るだろう。2つ目の理由としては、祭りなどの縮小により庶民から奪われる娯楽の代替となり得るということである。すなわちストレス解消の良い機会となり得る。