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【時事評論2022】

価値観の選択

2022-04-29
  今日の米欧と中露の対立は構造的なものであることが鮮明になってきた。それは自由主義・民主主義と独裁主義・権威主義の対立であるとも言われる。ノムは自由主義も民主主義も否定する立場であるが、言うに及ばず独裁主義や権威主義も完全否定している。一体ノムの考え方はどこに基軸があるのかと問われれば、それは地球の未来を安定的に保つための全体主義であり、賢人が指導する政治体制、すなわち賢人政治にあると明快に答えたい。その発想は現代には全く存在しないため、現代の世界の政治体制との比較をするのがそもそも無理なのであるが、改めて大雑把に未来世界の体制について説明するとともに、今日の両陣営の対立が競争原理から生じていることも併せて説明したい、またそれは価値観の相違であるとも言われることから、未来世界の選択は価値観の選択であると観ることもできるであろう。本項では価値観という観点から現代の相克、および未来の選択を論じてみたい。

  今日の世界各国の状況を大雑把に捉えれば、民主を目指そうとしている国家群と独裁を目指そうとしている国家群があるとみることができるだろう。前者の代表が北欧諸国であり、ヨーロッパ、アメリカがこれに準じる。順序がぎゃくではないかと思う人も多いと思われるが、社会の隅々まで民主化が徹底しているのは北欧であり、国民の満足度がそれを象徴している。ヨーロッパはまだ競争という概念に囚われており、特にフランスはかつての栄光(ナポレオン?)を取り戻そうと無理なパフォーマンスを演じているが、指導者はいずれも国民よりもセレブを尊重してきた。マクロンが人気がないのもそれが理由であると思われる。アメリカはひどいもので、かつての誇り高い自信に溢れた姿はなく、国内の富裕層と貧困層の間で矛盾した闘争が繰り返されている。トランプとバイデンの選挙はそれを象徴していたが、かろうじてバイデンが勝利し、アメリカの良心が再び蘇るかとおもいきや、カネの亡者たるトランプの勢いはまだ衰えていない。貧困層に凋落した白人(プワーホワイト)はトランプを支持しており、陰謀論の妄想に取りつかれている。とても民主を標榜する資格などない国家に転落している。

  西欧以外の国家は利己主義に傾いており、いわば風見鶏国家となっている。経済的には中国を、政治的には中立を、外交的には西側寄りの姿勢を取る国が多い。インドが典型的であり、自国の経済のためにロシアを容認した。一方で軍事的にはクワッドに加わっている。西側諸国が自由主義の理念よりも「国益優先」を唱え始めてもうかなりな年月を経ている。多くの国が西側諸国のそうした欺瞞的態度を見透かし、経済的利益を優先して中国に擦り寄った。それは詐欺に遭ったような悲惨な結末を迎えようとしており、エチオピア・スリランカなどがその代表例である。すでに西側の大義はこれら多くの貧困国には通用しない。それは、西側の大義は国益優先になってしまっていることを見透かしているからである。

  そうした現状は理念の選択や価値観の選択から来ているものではない。むしろ経済の要因の方が圧倒的に大きいのである。だがプーチン戦争がその状況を変えた。まさか核兵器を持つ大国が傍若無人に他国に堂々と軍事的侵攻をするなどという暴挙が起こるとは誰も思わなかったが、事実それが起こってしまったからである。ロシアはチェチェン自治国への軍事侵攻から始まり、プーチンがそれを引き継いだ。そして覆面部隊によってクリミアを乗っ取った。その成功体験はプーチンを増長させ、今度は堂々と大軍をウクライナ国境に配して恫喝をかけた。ウクライナが抵抗を示すとその大軍をキーウと東部に向けた。論理矛盾した侵攻は大義を最初から持っていなかった。本来なら東部だけに侵攻したならば嘘の大義名分も通ったかもしれないが、ウクライナの首都を制圧しようとしたことは、ウクライナ全体を奪取しようと図ったことが明白である。だが見せかけのロシア軍の軍事大国の仮面が剥がされ、士気を失ったやせ衰えた軍事大国であったことが世界にばれてしまった。経済的に貧弱であるにも拘らず兵器開発などに予算を振り向けた結果、兵士の給与は雀の涙程度であり、賞味期限が切れた食料を兵士に送った。兵士を集めるにも苦労しており、兵士よりも高給を要求している傭兵に頼らざるを得なくなっている。徴兵制度はあっても機能していない。兵器は旧態以前のものを使っている。兵器の在庫もかなり少なかったようだ。軍事大国が核を持たない小国にてこずっている原因は、大義なき戦争であること、軍が戦争に反対していたことにある。いわばプーチンは無理矢理自己の野望のためにロシア全体を戦争に引きずり込んでしまった。

  ロシアの国民の8割以上がプーチンを支持しているというまやかしの数字を信じてはならない。そもそも支持している人は真っ当な情報を与えられておらず、プーチンの野望に加担している国家メディアから嘘の情報ばかりを与えられている。そうした支持は本当のものではあり得ない。いつか戦況が悪化し、経済が破綻すれば、誰しもがこの戦争は間違っているということに気付くだろう。だが日本や民主国家からみると、そもそも現代において他国を侵略するような形で侵攻すること自体をどうして支持するのか、という疑問が生じる。まるでソ連時代かそれよりも前の時代に遡ったような、時代錯誤な「侵略」に気が付かないはずはないのであるが、国民は独特な価値観に基づいてプーチンを支持している。それは栄光という価値観である。

  繁栄とか栄光とかという価値観は旧世界のものであった。現代では、本来は繁栄は否定されるべきものであるが、西側でさえまだこの価値観を捨てきれずにいる。ロシアはさらに悪いことに過去の栄光を捨てきれずにいる。ノムの視点からみれば、民主か独裁かの選択というよりも、経済的・軍事的競争の視点から見た方が分かりやすい。欧米はロシアの暴挙によって自らの地位を失うのを恐れており、何とかロシアを屈服させて同じような挑戦をさせないように抑え込もうとしている。国民は自由を死守すべきだと考える人が多いが、国家は必ずしもそうした観点よりも、指導権をロシアや中国に握られるのを恐れているのである。すなわち国民は「自由」という価値観を最大に考えるが、国家は「覇権」という価値観を最大に考えている。西側諸国もロシアも中国もそれは同じである。ただ、ロシア・中国は強引に武力で覇権を握ろうとしており、中国は経済で既に世界の覇権を握った。

  こうした観点から見ると、民主か独裁かという体制選択であるというよりも、協調か覇権かという国家の相互関係の在り方についての価値観の選択であると思われる。言葉はどうであれ、世界は今、どちらの体制を支持するかで揺れている。2つに分極した世界はいずれ衝突せざるを得ない状況に
追い込まれる。それがどこから起こるかということについてはノムははっきりは分からなかったが、恐らく中国だろうと予測していた。だがその予測は完全に外れた。当たらずと言えども遠からずかもしれないが、ロシアがまさか最初にその切っ掛けを作るとは予想できなかった。だが大災厄が2020年にやってくるという大局的予言は当たった。これも予想外であったが、2020年から始まったコロナ禍という大災厄によって、世界は1億5000万人の感染者を出し、500万人を失った。プーチン戦争では核兵器が用いられ、およそ10億人以上が失われる第三次世界大戦となるだろう。その後に到来する核の冬は、さらに酷い餓死者を数十億人出すだろう。

  現代の人類のほとんどが平和を望んだとしても、ロシアや中国というような野望を持つ核大国が存在する限り、核戦争を抑止することは不可能である。ノムはそうした冷徹で科学的理論に基づいた推論からこうした悲惨な未来を予言してきた。だがそれによって人類が死に絶えるわけではない。必ずやどこかに、生き残りの人々がいるはずであり、これも科学的に予測可能である。そうした人々が、一旦は戦国時代のような様相を呈するかもしれないが、理性を持つ人間である限り、同じ過ちを繰り返すまいと考えるのは当然であり、そうした思いは未来志向の価値観として芽生えてくるであろう。ノムはそうした未来の価値観を世界に先だって主張してきた。そしてそれをノム思想という形でまとめた。

  未来の人間は、戦争を二度と起こすまいという決意の下に、競争を起こさない世界の体制を考えることになる。それは1つの組織に統合されたものとならざるを得ない。ノムはそれを「世界連邦」と名付けた。軍備は連邦にのみ存在し、各国は軍備と主権を放棄する。もし放棄しない国があれば、それは連合軍によって滅ぼされ、他国に吸収されるか連邦自治国となるだろう。国家が無くなるということを誰も望まない。仕方なくであっても諸国は連邦に帰属することを選ぶだろう。それは現代において、西側連合に組するか、東側連合に組するかという選択と似ている。恐らくノムは第三次世界大戦の結末は西側連合の勝利となるだろうと考えている。それは人間が、最終的には民主的な方法で指導者を選ぶということを最善と考えるからであり、そこに自由という理念があれば、それを選択するだろうと考えるからである。だが未来の世界は全体を重んじる全体主義であり、各国の文化や伝統、そして自由な体制の維持は尊重されるが、連邦の規定する思想・政治・経済・法の下に服さなければならないという制約を伴う。それに違反すれば、国家の存在自体が危うくなる。だが戦争という悲惨な状況を回避できることは人々にとって何よりも有難いことだろう。さらに連邦の賢人らが示す道筋を辿れば、地球環境の激変から身を守ることもある程度可能性が見えてくる。すなわち未来世界は安定を求めるのであって、争いや破滅をもたらさない。人々はそうした思想を受け入れるであろう。それが1つの価値観として定着していけば、人々はそれが最善の価値であると思うようになるであろう。具体的に未来のそうした思想を明らかにしているのはノム思想しかないが、必ずや人々はその価値を選択すると確信するのである。


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