【時事評論2020】
工夫・改善
2020-09-13
日本人の特徴の1つに工夫・改善というものがあり、「創意工夫」という言葉から想像すると、日本人は非常に創造性に富んだ民族だと思われる。それは長い江戸時代の庶民文化が花咲いた頃からなのか、それよりはるか以前からなのかは分からないが、縄文時代の火炎土器などを見ると、縄文時代からの平和が創り出しものなのかもしれない。だが昨今の役人化した政治・経済・司法などだけでなく、庶民そのものが役人化したような雰囲気が見られることから、その特徴が余り生かされていないのではないかとも懸念している。庶民の役人化は、人々の生き方・考え方の多様性が失われていることにも表れている。通り一遍の受け答え、マニュアル的な店員応対、異質なものを嫌う傾向、個人情報保護法の行き過ぎた解釈、誰もかれもマスクをしている異様さ、等々にそのような傾向を読み取っているのは筆者だけなのだろうか。
日本が明治の文明開化を成し遂げられたのは、長い太平の世がいきなり西洋文明の前に半ば強制的にちょんまげを切られ、和服から洋服に着替えさせられても、伝統文化を守りつつ進取の精神からそれらを取り入れていった融通性に由来する。しかもそれを日本人の感覚に合わせて適合させていったところに創造性が見られる。実に不思議なことだが、日本は西洋の文明と日本の文化が絶妙に交じり合ったエキゾチックさを維持しているのである。それは我々にとっては日常的なことで気が付かないことだが、外国人には非常に不思議な光景に見えるのであろう。変革を自在に取り入れていった日本人のその気質が、独創的な文化・研究にも表れている。紙は中国で発明されたものであるが、日本で多様な和紙として工夫され独自のものを生み出した。それは今でもわずかながら生産されて、高級品として売られている。椅子式トイレは西洋の発明であるが、日本人はそれをウオッシュレットという文明品に仕立て上げた。今では逆に輸出産業になっているようだ。
だが日本人はつつましいために、あまり自分からその創意工夫を自慢しないし、積極的に儲け商売に繋げようとしない。ただより便利により快適なものを作りたいという「改善精神」はおう盛であり、それが独創的な発明に繋がってきた。だが最近は役人の役人化が進んだために、その独創的工夫が生かされないことが多いようだ。大阪のあるITベンチャー企業が、コロナ禍を切っ掛けにホームワークに適したグループウエアを使ううちに、「自分たちなら、もっと便利なソフトを作れる」と確信したそうだが、それに付随するシステム化には膨大な資本が必要だと言う結論に達し、「自分らの規模では時期尚早」とベンチャー化を見送った。もし政府にこれらのアイデアなり構想を持ち込む窓口があれば、アイデアだけでも補助金を出すようにすることもできるであろうし、それを大手が掬い上げてアイデア料として数十万円でも提供すれば、日本はベンチャー企業で溢れるであろう。筆者も常々自分のアイデアを誰かが実現してくれないかと思うことがあるが、その手の知識もツテもないことからアイデアは埋もれてしまっている。記録だけはしておこうとアイデア集を作ってみたりはしている。
テレビ番組に『ポツンと一軒家』というものがあるが、これに出てくるのは山奥の一軒家であり、多くは70歳代の男性が独りで住んでいるケースが多い。あるいは里にある家から通いで山の中の家に通うというケースも多い。夫婦で頑張っていることもある。なぜ山を捨てられないかというと、多くが親の遺した遺産を受け継がなければという使命感を持ってやっている場合がほとんどである。それが日本人の特徴でもあるが、止むを得ず山を放棄した人の方が圧倒的に多いのも現状である。注目したいのは、そこで廃材を利用してさまざまな工夫を凝らして小屋だけでなく家まで自分で建てている人がいることである。重機まで購入してやっている人もいる。電気がなければ太陽光発電で自家発電したりしている。その創意工夫は多くの場合退職後に発揮したものであり、素人で始まってプロ並の仕事をしている。ただ足りないのは後継ぎであり、海外の難民の中で努力の意思を持つ人がいれば、そういう人に日本の山を維持することに貢献してもらえればと思うが、それだけでは食っていくことができず、年金が支えにあって初めて可能なのだという現実を知る。
だが海外の不幸な孤児などを積極的に引き受け、ネット教室などを活用して日本で教育し、日本人精神を学ばせることで見た目は外人でも中身は日本人をつくることはできるであろう。山の中ならば差別されることもなく、自分の創意工夫で何とか生きていくことができるのではないだろうか。政府は是非とも難民受け入れを杓子定規にではなく、需要と供給の原則を踏まえて日本の山村の人材減を補う仕組みを作ってほしいものである。そうすれば、彼らは独自の視点から日本人的な創意工夫をするようになるであろうし、それがネットビジネスなどを通じて生活基盤を作ることもできる可能性がある。現代はコロナ禍のお陰で社会変革が起こっており、ビジネスを起こすのに場所を選ばない分野が多くなってきた。政府はその変革を民間に委ね、カネを出すだけの役割に徹底してもらいたい。要は、そうした意欲を持つ日本人を探し、そうした人材を養成し、後継者が生活できる基盤を備えることである。それはとても地方にだけ任せることで解決はできない。国際的な問題が絡むことから、JICAなどに協力を仰いで、海外での人材探しをしていったらいいと思う。日本は人を育てることでは歴史的に実績があるからである。