【時事評論2020】
コロナ禍を識者はどう見るか?
2020-05-20
産経新聞が『コロナ・知は語る』と題して海外・国内の見識者の論を紹介している。9日:エドワード・ルトワック(米歴史学者)・10日:ジャック・アタリ(仏経済学者)・12日:細谷雄一(慶応大学政治学者)・18日:ジャレド・ダイアモンド(米進化生物学者)・20日:安宅和人(慶応大学AI学者)などと錚々たる人物が論陣を張り、勉強させられた。だが総じて近未来のことにしか目が届いておらず、人間の本質的な問題から出発しているようには思えなかった。
安宅和人のコロナ後の社会についての論は細かい指摘が多いが、日本人らしいきめ細かな目配りが感じられた。ただ英語多用が気になった。「Withコロナ」・「開疎化」(密閉から解放へ、密から疎へ)・「空気を洗う需要」・「ブラックコロナな環境の敬遠」(満員電車・通気性の悪いオフィス)・「非接触化・リモート化」・「デリバリー消費社会」・「自己顕示型需要の低下」・「レジリエントな街づくり」(回復力・弾力性のある街)・「日本の妄想力による世界のリード」などを主張し、「地球善と人間善の交点の向こうに未来がある」と指摘する。哲学的な論考に及んでいるのはさすがである。
だがこれらは既にノムの主張する未来世界では実現すべき項目として全て取り上げてきたものばかりである。コロナ禍が起こる以前に安宅が取り上げてきた考え方ならば同感・敬服するが、新たに捻りだした論ならば軽蔑せざるを得ない。人間の生き方を根源的に考えるならば、安宅やノムが主張する社会の在り方にならざるを得ないのである。新聞のコラムでは字数に限りがあるからそこまでは安宅も書けなかったのであろう。
ノム世界では「田園都市」というある程度の自給自足を目ざした都市計画を考えている。人々の生活や産業は可能な限り地下に移行し、地上は緑溢れる人工生態系からなる。地下室・地下工場から出る排気は土壌浄化され、大気を汚染しない。人口は20億人を想定するので、過密都市というものは無くなる。レジャーはイベント参加型から主体的な個人趣味へと移行する。だが近所との交流は盛んに行われる。ウイルス禍が起きた場合は部分的閉鎖(住居・工場)を行うだけで済む。人々は日常生活を問題なく続けられることになる。
未来世界ではテレワークや空気搬送システムによる宅配は普通である。安全なノムネットを介して、地域化・鎖国化が進み、ウイルスが蔓延する素地がない。だが逆に、ウイルス禍を含めて病気による被災を運命として受け入れる。過剰な対処・過剰な医療は行わない。人間は適切な時に死ぬべき生命体と考えているからである。原則として医療は自宅で行うことができる範囲に留められるであろう。自然との共生ということは、本来的に生易しいことではないのである。