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【時の言葉】外出を控え、資源消費を減らそう(2022.6.20))

【時事評論2024】

進歩と革新の与えるストレス

2024-05-09
  本項はずいぶん前に起案したものである。起案したものの、書く時間が無くて後回しにしているテーマは87もある。中には時間が掛かりそうなものも多い。本項はまだ書きやすいものであるため、今回取り上げることにした。春は畑作業が多く、毎日雑草と格闘している。カタバミは抜いた本数を数えているほどだ。毎日、平均して100本くらいは抜いている。そうでもしないと楽しみとしてやることはできない。執筆も楽しみとして書かないと長続きできない。時間のやり繰りが大変であり、テレビを見ている暇はない。日記にはやったことの時間を分単位で書いているほどだ。だが考えてみると、こうした自分の趣味のために時間を使っていられるのは幸せなことだとしみじみ思わされる。本項のテーマもそうした視点から書かれることになるだろう。

  人類がもし知能をもっていなかったら、他の生物と同様、何十万年も同じ暮らし方をしていただろう。だがホモサピエンスが誕生する前から、人類は脳を発達させてきた。それは急に起こったことではなく、数百万年を掛けてきたことである。それはホモサピエンスの誕生と同時に完成されたものではない。たまたまホモサピエンスが進化の過程の最後の方で他のヒト属よりも知能が高かっただけの話であり、他の種族を滅ぼしてからまだ数十万年しか経っていないことから、また新たな進化をする可能性が高い。他のヒト族を滅ぼしたホモサピエンスの脳はまだ未完成であり、より高度な精神と制御能力を備えた新たな人類へと進化するだろう。それをノムは「ネオサピエンス」と仮称している。形態はあまり変化しないかもしれないが、脳の働き方は大きく変わるだろう。その時には、ストレスを適当に解消する術を備えているかもしれないし、そもそもストレスが生まれにくい社会になっているかもしれない(20.11.30「ストレス論」)

  だが現代の人類は、まだそうした制御能力を持っていない。いわば、動物としての生存本能をいまだ脳の中に強く持っており、いってみれば野蛮な存在であると言えるかもしれない。その証左に多くの紛争や戦争を起こしており、その中で強姦や拷問という野蛮な仕方での悪行を重ねている。現代というかなり高度な文明を築いたとはいえ、そのやっていることはチンパンジーの世界と大差ない。だがチンパンジーは脳を進化させなかったために、ピラミッドを築くことも、天空に届くかと思われる高層ビルを建てることもできない。人間は脳を進化させたことで、これらを成し遂げることはできたが、脳の構造と働きはまだ熟成段階には至っていないもしそれがより進化することで成熟すれば、高度な制御された社会を構築することができるようになるだろう(21.1.7「制御思想」)

  現代という時代が、人類史の中でどういう意味を持っているのかを考えることが重要である(20.8.9「人類史は囲碁で言えば中盤戦に差し掛かった」・22.2.25「人類史」・23.8.17「生物学的人類史」)。サルから人間へと進化する過程の最後の段階にあると考えると、現代の矛盾も明らかになるだろう。つまり進化の過程の中の中途半端な途上にあるために、人間はまだ生存闘争を続けているのだ、と理解することも可能だと思われる。確かに世の中は技術の進歩と革新的なイノベーションにより、たかだか数百年前より遥かに便利で暮らしやすい生活を獲得した。だが一方、その進歩と革新が余りにも速すぎるために、脳がその状況についていくことが難しくなっており、それは目に見えないストレスとして身体と心を蝕んでいる。人が絶えず、何かにイライラした気分にさせられているのは、毎日悪いニュースを知るからだけではない。生活そのものが、それこそ冒頭に書いたように、分刻みで追われるようなものになってしまったからである

  昔はもっと時間の流れはゆったりしており、人間は「時間資源」とノムが呼ぶものを十分に持っていた(20.12.17「世の中の変化と時間資源の消失」・1.6「世の中の変化率」)。昔の某国では、約束の時間というものが、朝・昼・夕という大まかな区切りしかなかったという。1時間くらい時間がずれても、人はイライラしなかった。だが現代の技術は便利さをもたらすとともに、時間を短縮した(23.6.3「科学論と科学技術論」・2.3「技術論」)。今では時計を見ながら、数分の遅れに人はイライラするようになった。つまり人は時間資源を、技術の進歩と引き換えに失っているのである。

  発明は世の中を便利にする。それまで何時間も掛けてやっていたことが、現代のコンピューターは一瞬でこなすことができる。昔、「BASIC」という素人向けプログラミングが開発されたとき、ノムはこれを勉強して学生の成績一覧表を成績順に並べ替えるプログラムを作った。それが動作するのには、たとえば100人分を処理するのに数時間掛かった。スタートを押してから寝るのが常であった。人手でやるのと大差なかった。だが今では瞬間に並べ替えが可能になっている。数万人でも一瞬であろう。それは便利になった、という反面、他の人もその恩恵にあずかることができることから、競争原理によって反って忙しくなってしまうのである(22.8.10「競争原理」)人は時間資源を失うことで、脳の対応に支障を来し始めた脳の処理速度には限界があると考えられているからである。

  が現代の忙しさに追い付いていけなくなると、それは生理的障害や精神的障害をもたらす。多くの生活習慣病が現代生活が原因となっているのと同様に、多くの精神病(うつ病など)も現代生活が原因だと思われるものが多い。病気に至らないまでも、それはストレスとして身体に悪い影響をもたらす。最も悪いのは、それが人の心理や精神に不安定をもたらすことである。そして思考が短絡的になり、遠い将来に対する希望を失わせることにも繋がっている。核兵器によりもし第三次世界大戦が起これば、一瞬にして世界は文明を失い、世界中に飢餓が発生する(23.1.4「日本が恐れるべき電磁パルス攻撃(EMP攻撃)」・2.27「文明の同時崩壊」)。そんなことは想像もしたくないことだが、現実はそれが目の前に迫っていることを教えてくれている。それは世界中の人にストレスとして圧し掛かっている

  考えてみると、そうした可能性が生まれたのも、人間が中途半端な知能を持っているからであると言えよう。核兵器を生み出したのは、技術の進歩と科学の革新(核分裂の発見)があったからであり、それは必然的な過程であった。いずれ誰かが発見し、発明するという宿命がそこに存在する。だがそのことを、数百年前には誰も予想し得なかった。変化がそれだけ急激に起きていることを意味する。その急変に、人類の脳は追い付いていけていないのである。

  進歩と革新のもたらすストレスは人間にだけ影響を与えているのではない。進歩と革新そのものに大きな影響を与え、進歩と革新がエスカレーションしているのである(22.11.13「エスカレーション原理」)。それは競争が原因となっている(20.9.16「競争はいつ芽生え、何をもたらしたか?」)。止まることを知らず、宿命的に自己崩壊へと向かう(21.6.9「自己組織化と自己崩壊化」)。つまり技術のない、原始の世界に戻ることを意味する。アインシュタインはそのことを見越して、「未来世界では人は棍棒で戦うようになる」と言ったそうだ。これを解決する術を人類はまだ知らない。ノムも解決はできないと考える。

  だが文明を一旦失いかけた人類が、そこから新たな世界を切り開く可能性はあるだろう。すなわち、同じことを二度と繰り返さないように、世界を全く新しい秩序で創りなおそうとするだろう。希望はそこにしか見出すことはできないとノムは考えている(20.12.18「人類の希望はどこにあるか?」)

  未来世界では、一旦滅びかけた人類が、その後の闘争を経て新たな秩序を形成する過程が見られるようになるだろう。その新たな秩序とは、絶対的な権威を持つ連邦の下に、各国が自治国家として存在するという世界である(21.3.28「世界連邦の可能性」)。そしてそれを主導する人間は、高度な徳と知能を備えた、自己制御できる賢人という一群であるだろう(21.11.20「賢人とは?」)。だがその詳細については別項で述べているので、本項では触れないことにする。ただその世界になったときには、「進歩と革新」自体が制御され、人間の脳が追い付いていける速度で発展するようになるだろう。そのときにはストレスというものも解消されていると、ノムは想像するし、期待しているのである。

(22.12.14起案・24.5.8起筆・終筆・5.9掲載1:30)


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